「攘夷と護憲 歴史比較の日本原論」(井沢元彦著)
[2004年08月12日] [読書録] [コメント (4)] [トラックバック (0)]
私は、「今後のアジア外交を考えた時に憲法9条は変えるべきではない」との考えを持っていますが、すごく面白く読ませていただきました。
幕末の日本を混乱させた「攘夷」という概念。
きちんと考えれば攘夷は不可能であることは明確であるが、
元寇の時代、古くから海に守られた幕末の日本人には攘夷といった言葉だけが受け入れられた。
海軍力の強化や開国を唱える林子平や渡辺崋山、高野長英ら先覚者は無視、弾圧をされる。
これも現在の護憲の議論と同じであるとしている。なんとなく納得するとこもあります。
今までの護憲の議論は、細かい分析や理屈がない護憲だと私も思います(著者がいう言霊先行の訴え)。
これからは、21世紀の国際社会がどうなるかといった観点から新しい憲法の議論をする必要を私も感じます。
(私は、9条をこれからどんどん積極的に使う時代になっていると確信しています。消極的な平和主義から積極的な平和主義(9条を基盤に積極的に国際平和に貢献する)に変わるべきだと考えています。ただし、積極的な国際平和貢献とは、武力によるものでなく、あくまでも開発協力、教育貢献、環境、医療といった日本のソフトな力による貢献を意味します。)
そして、幕末も「先送り」で全く意思決定ができなかったことを指摘しています。黒船が来てから開国まで無駄な議論が過ぎたのは、幕府の「先送り」と「情報不開示」にあるとしています。
政府に勤めた身として、これも本当に納得です。
ただ、過去の歴史から「護憲はだめである」。
との議論にはならないと思います。
憲法改正の議論は、「国内の発送だけでなく。これからの国際社会で日本はどのような位置づけを目指すか」をまず固めた上で、そのための国内法整備としての憲法改正の議論をしなければなりません。
国内法の整合性や国内のそれこそ攘夷的な武装強化の議論だけでは、この国を誤らせることは間違いありません。
近いうちに、21世紀の国際社会における日本の位置づけを問うような議論を起こしたいと考えています。
政策スタッフの小池さんは、米国で外交論を学んだ人です。一緒にがんばりますので、みなさまのご指導をお願いします。
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.fujisue.net/MT3/mt-tb.cgi/3246
コメント
9条問題は、外交の指針の大きなファクターを占めると思います。
それを固めてからの議論をすべきとの藤末議員の提言に賛成します。
従って、まず、最初に外交の定義や方向性から提言していただきたいと考えます。
ちなみに当方は、外交とは、日本国・日本国民の国益を図るための他国との折衝・交渉と考えています。
そして、国益とは『自国が外国勢力に領土を犯されたりせず、自国民が安心してそして心身ともにある程度豊かに&平和に暮らしていけること 』 だと考えます。
*領土を犯されることの定義や豊かさの定義に議論はあると思いますが、まずは、この点を持って国益と考えています。
ここで勘違いして頂きたくないのは、世界平和を希求するのは、現状の段階では 『 理念 』 や『 将来の目標 』 であって、直接的な外交政策ではないと言うことです。
従って、世界平和を希求するのは大切ですが、その前に自国の国益を確保しなければならないと考えています。
その意味で世界平和を訴えて、非暴力非抵抗の精神を貫く事が、国益につながるならば是としても良いでしょう。
(現在の情勢から考えると、上記のケースは厳しいと考えますが)
外交が国益を追求すべき性質のもである以上、『 現実的に 』 『 現在または将来の国民に 』 『 利益があるように、そして不利益をこうむらないように 』 少しでもベターな方向に持っていくのが外交の筋だと考えます。
もちろん、理念も大切だと考えます。
理念なくして政治や外交はありえません。
しかし、理念と同様に現実も大切と考えます。
理念を叫ぶだけではなく、現実の問題も解決しなければならないのが外交官・政治家の仕事なのです。
もちろん、その逆も然りで、現実論ばかりの『現場至上主義・経験至上主義』も避けるべきではあります。
私がここで強調したいのは、理念と政策を混同してはならないと言うことです。
現在の政治家のほとんどは 『 理念を語るのみ 』 か 『 現実に対応してパワーゲームにおぼれているか(ミクロの政策で頑張っている場合もある)』 のどちらかです。
(もちろん例外の人もいる事は知ってます)
しかし、藤末議員には、理念と現実の政策を分けて提言していただきたいと考えています。
当方なら、
理念はこうである。
しかしこういう現状がある。
従って、こういう形の妥協案をとり、こういうプロセスで理念に近づくような段階戦略をとる
(妥協部分をうやむやにせず明示する)
・・・という表現を希望します。
そして、票にならないと言われている外交問題に積極的に取り組んでいただきたいです。
ある意味、参議院にいらっしゃる藤末議員にしかできない課題かもしれませんし。
ちなみに藤末議員の外交理念は、当方と同じ方向です。
でも、現実を考え、理念を最終的・将来的に貫くためには、藤末議員とは逆の方法論(現状での選択肢が逆)になってしまいますが。(どう考えても・・)
当方の見解を書くと非常に長文になりますので遠慮いたしますが、下記の要素を組み込んだ上でのご提言が頂ければ幸いです。
(1)アジア中心の外交の可否(理念的には賛同です、もちろん)
・中国・韓国の国益(自国民の団結・がス抜き)のための反日教育があるという現状
・変数として不確定要素が大きすぎる中国の存在
(2)いかようにも解釈可能な主観の産物である『 歴史観 』が国益を図るべきはずの外交政策に直接的な影響を与えて良いのか?
&日本国民のメジャーな歴史観の正確性(日教組)
(3)某国と方向性が一緒になれば何もかも追従と言われてしまうのか?
(4)武力を提供しないで本当に日本は役割を果たせるのか?(国益を考えた上で判断が必要)
(&世界は本当に日本にそれを望んでいるのか?)
(5)米国との軍事同盟以外に日本が身を譲る方法があるのか?
&同様にアジアを安定させる方法はあるのか?
(6)(5)を否とするなら、米国との協力の範囲や程度をいかに解釈すべきか?
(注)某国の陰謀とか圧力は確かに存在しますが、証明できない事実は憶測と紙一重なので議論に加えないと言う方針でお願いしたいです。
投稿者 新田 : 2004年08月13日 00:37
江戸時代(近世史)専攻の身として、記述の誤りは指摘さ
せてください。
>海軍力の強化や開国を唱える林子平や渡辺崋山、高野長
>英ら先覚者は無視、弾圧をされる。
これは誤解です。
まず、林子平は松平定信の「田沼憎し=寛政の改革」の政治的な犠牲者です。
というのは、田沼時代に佐藤信淵が海防を唱えても何ら罰せられず、田沼自身も蝦夷地開拓も行っているからです。
さらに、渡辺・高野のいわゆる「尚歯会」による幕府方針(対外強硬策)批判にしても、幕府が強硬策を採った発端である
フェートン号事件(※)以降の状況を考えるとどうでしょうか。
※長崎で警護隊の少なさ等から外国船に好き放題荒らされ
、長崎奉行松平康英が責任をとって自害した事件。
その当時の情勢に合っていたかどうか、というのが重要であり、「海防を説いた」からと言って誰もが弾圧されたわけではありません。
>幕末も「先送り」で全く意思決定ができなかったことを指
>摘しています。黒船が来てから開国まで無駄な議論が
>過ぎたのは、幕府の「先送り」と「情報不開示」にあると
>しています。
これも誤解で、黒船来航直後、老中阿部正弘は、当時と
しては前代未聞の諸大名への諮問や調停への報告を行う
という情報公開を行っております。
さらに、例えば、その後井伊直弼が批判される「幕府が勝
手に条約を結んだ」というのも、天皇家からの返事が遅すぎ
たためやむを得ず条約を結んだものであり、「先送り」してい
た批判は当たりません。
最大の誤解は「攘夷」を主張したのは幕府側ではなく、
勤王志士の側であり、幕末に英雄扱いされる高杉晋作な
どは、外国人を惨殺すべく東禅寺事件などを起こしています。
井伊直弼も「開国」をしたせいで暗殺されているのです。
幕末の開国の時期、最も保守的だったのは勤王の志士で
あることは間違いないことです。
「尊王攘夷」という呼び名の通り、情報が開示されればされ
るほど暴走していったのです。
要は何を申し上げたいかというと、「敗者」は必要以上に悪にされる」ので、その点をよく見極める必要があるでしょうと
いうことです。
「このような歴史があって」と議論を進める踏み台に使った
場合、その前提の「歴史」を間違って解釈していたら足下か
ら議論が崩れることになるからです。
堺屋太一氏のように全く勘違いで無理矢理歴史を「作って」
議論を進める人になってもらいたくないので、長々と書かせて
いただきました。
投稿者 ハーデス : 2004年08月13日 02:06
横から失礼します。『攘夷と護憲』を最近読んだ者です。
ハーデスさん
>これも誤解で、黒船来航直後、老中阿部正弘は、当時と
しては前代未聞の諸大名への諮問や調停への報告を行うという情報公開を行っております。
> さらに、例えば、その後井伊直弼が批判される「幕府が勝
手に条約を結んだ」というのも、天皇家からの返事が遅すぎ
たためやむを得ず条約を結んだものであり、「先送り」してい
た批判は当たりません。
書籍の中で「情報の隠蔽」「先送り」について批判していたのは、ペリー来航以前の話です。民間商船の開港依頼があり、ペリーの前にも黒船が来ていたにも拘らず、ペリーが来るまで「先送り」したことを問題としています。また、情報開示も切羽詰まるまでしなかったことを批判しています。例えば、浦賀の奉行所は黒船が来ることを知らなかったが、幕府はとっくに知っていたことを後から聞いて激怒したとか・・・・。
準備不足だった為に不平等条約を結ぶ結果となってしまったというのが著者の論旨です。
また、護憲に関しては私も新田さんと同じように考えています。戦争はしたくないし、日本から他国を攻撃することには断固反対します。
しかし、「開発協力、教育貢献、環境、医療といった日本のソフトな力による貢献」を続ければ続けるほど中国が軍拡していく現状をどうお考えでしょうか。現在も日本に出させたお金で建てる化学兵器処理施設を、軍事転用可能な施設にしようとしている中国です。
この状態で、日本が先に戦力放棄することは自殺行為としか思えません。「相互に軍縮」をしていくのなら現実味があると思いますが。
投稿者 keta : 2006年01月05日 13:21
ご指摘を本当にありがとうございます。
私も一方的な防衛力放棄はないとおもいます。
年末年始に国防関係の資料をいつくつか読みましたが、
「経済外交はさておき、安全保障だけを見た場合には、小泉政府は、成功していると言わざるを得ないと感じました。やはり、米国を中心とする日米英の太平洋・大西洋同盟(これは一方的な日本の思い込みかもしれませんが)の地域安定への貢献は大きいものです。この三国で、世界のGDPの半分、地球の表面(海洋を含む)の3分の2、圧倒的な軍事力を誇るこの同盟は是非21世紀も維持しなければならないと思っています。
この枠組みの中で経済外交をどう進めるかを考えていかなければなりません。
もう少し時間をください。お願いします。
コメントへの修正をありがとうございます。
投稿者 藤末 : 2006年01月11日 13:52







