読書感想:西洋の着想東洋の着想 文春新書 今北 純一 (著)
[2005年03月05日] [日記] [コメント (0)] [トラックバック (0)]
著者は、日本人に強い「世間の常識の呪縛」を説いています。
今の日本は転換期です。このような転換期を乗り切るには「長年の経験」ではなく、新しい着想が必要だということは論を待たないでしょう。
面白いところを列記しますと
○西洋には「全(有)と無」しかない。東洋には、「空」がある。有と無は自分から見てあるかどうかの観測である。空は、自分自身をなくし、流れに身をゆだねるというかということである。
○フラクタル理論のマンデルブロー博士の「面白い人」の定義は、「個人としての独自の発想を優先し、常に自分自身の知的好奇心をドライビング・フォースとして新しいことに挑戦する人」である。
○学習には、3つの段階がある。お手本による模倣>正規のレッスンを受ける>自分で勉強する。これは私の「勉強はまずは型を身につける」と同じことを仰っています。
○無限の恐怖:終わりがないことはいいことであっても恐ろしいものである。
○マクロ経済学とミクロ経済学:経済学をマクロとミクロに空けること自体が意味がない。マクロとミクロのシンセシス(綜合)が重要ではないか。(注、シンセシスの対義語はアナリシス(分析)です。)
○製品のできを決めるのは消費者である。消費者の目が製品を作っていく(なぜ日本の製造業が強いかの理由に高品質・高性能を求める日本人消費者を挙げる人がいますが、今北氏の説明を読んでいると納得できます。)
久々、面白い本を読ませていただきました。
是非、今北氏と直接お会いしてお話したいと思います。
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