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「日本の笑顔を作りたい!」 ふじすえ健三は、東京大学助教授を辞して、国会から日本の笑顔を作ります。
民主党参議院議員 ふじすえ健三 公式ウェブサイト

講演:「希望格差社会」 東京学芸大学 山田昌弘教授

[2005年03月09日] [教育 | 日記] [コメント (9)] [トラックバック (0)]

「パラサイト・シングル」などの著書がある山田先生から、
日本における希望の格差が生じているとの話をお聞きしました。

内容は、
将来が見えなくなる若者の生活がフリーター、ニートの増加につながっている。
自殺者数は、2万人台(~97年)から3万人台(98~)
児童虐待、少年凶悪犯、不登校が90年代後半に増加。

これらは、「ニューエコノミー」の負の側面が一気に噴出した形(ロバートライシュ「勝者の代償」)である。(ニューエコノミーとは、IT化、グローバル化、サービス化、知識産業化など、情報に付加価値が大きくシフトしている。)
これは、マニュアルを作る人と、マニュアルとおりに働く人への分化へとつながっている。非正規社員が増えているが、これは大きな流れとなっている。

現在は、夢があっても希望が持てない状況。つまり、努力してもそれが報われるかが保証されない。また、若者がコミュニティに所属できない状況。頑張っても評価してくれる仲間がいない状況となっている。
希望は、努力が報われる時に生じる、努力してもしなくとも無駄と思うと、絶望感に支配される

(藤末の感想は、続きで)

(藤末の感想)
山田先生のお話には、なるほどと思うところが多々あります。
今後、どのような政策が必要かと考えさせられました。

ただ、本当に努力が報われない社会になっているかというと、私は逆だと思います。どんどん「きちんと考えてなされた努力は必ず報われる」ようになっているのではないでしょうか。私はそう感じます。
そして、一方で「努力をしないとひどい目にあう」ようになってきていると思います。
ますます、努力が必要な時代にはっていると実感していますが、どうなのでしょうか?

しかしながら、実際に、ニートやフリーターが増えているのは事実ですので、これはなんとかしないといけません。
私は、ひとつの手段として、「大学、高校、中学校をもっと多様化してはどうか」と思っています。うちの娘のクラスも二人ほど登校しない学生がいるようですが、学校が面白くないことが原因のようですので、もっと多様な学校の選択肢があればそれぞれの人にマッチした学校がみつかるのではないでしょうか。
兎に角、今、若者を養っている方々(親)が余力があるうちに対策を立てる必要があると思います。

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コメント

 藤末さま。
 カリキュラムをアラカルト方式として、極力子供の希望に沿うような学校づくりは70年代のUSAで盛んに行われ、無残に失敗しました。
 EU諸国でも多かれ少なかれ似たような試みが行われ、失敗しました。
 学力格差が拡大し、全体の水準が低下したのです。
 子供の「努力する能力」「根気」「学習意欲」が家庭環境で大きな影響を受ける以上、子供に合わせることは、階層格差を拡大するだけに終わります。
 現在はどこの先進国も画一化された水準の高い教育を目指しています。
 日本だけが逆方向を突っ走っているのです。このことは東京大学大学院教授、教育学部長佐藤学氏が著書で詳しく言及しています。

投稿者 Inoue : 2005年03月10日 15:00

inoueさん
本当にご指摘のとおりです。
アメリカなど日本を真似してある程度の詰め込み教育はやむなしといった感じなのに、日本は逆送していますね。
教育は、土地も資源もない、この国を支える唯一の柱です。やはり官僚任せにしないようにしないといけません。
ゆとりの教育は、だれが決めたかも良くわからないようになっていますし、また、誰も責任を取っていません。
私も、もう少し政策スタッフが増えたら(お金の余裕ができたら)教育問題に「国際競争力」といった観点から取り組んでいきます。

投稿者 藤末 : 2005年03月10日 21:59

現在、佐々木毅さんの「アメリカの保守とリベラル」(ISBN:4061590723)という本を読んでおります。米国における公共の哲学の発展がよくわかります。現在の日本は個人の野放図な権利主張がいきすぎてしまった20年前の米国の姿ととても重なります。

当時からライシュが「シンボリック・マネージャ」について語っていたのを思い出します。まさしく現代に必要なタレントはライシュの指摘する高度にリンクされた世界の中で価値を生み出す能力ではないでしょうか?

投稿者 ひでき : 2005年03月10日 23:04

失礼いたしました。シンボリック・マネージャーでなくシンボリック・アナリストでした(「ザ・ワーク・オブ・ネーションズ」byロバート・ライシュ[ISBN:4478210187]])。記憶でものをいってはいけませんね。

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db1990/9100rr.htm

なんかいま読み直すと「えっ!」という部分もありますが、概ね現代のネット社会において活躍しているビジネス・パーソンの図を描き出しているのではないでしょうか?

投稿者 ひでき : 2005年03月10日 23:22

藤末先生、わざわざコメントありがとうございます。こうやって見てくれてコメントまで書いてくれる方がいるということはとてもありがたいことです。今後もできる限り更新できるようがんばりたいと思います。また、是非いろんなお話を聞かせてください!

投稿者 廣川です。 : 2005年03月11日 01:35

ふじすえ様
フリーターは職業選択のプロセスと見ています。人が初めから自分のライフワークと遭遇できると、とても思えません。いくつかの職業を渉り歩いて、自分に合う職業を見つけられる、今の若者を羨ましいと思います。フリターの努力面を見ないといけないと思います。多くの若者は努力しています。特養ホームで両親を介護してくれた若者には、ただただ頭を下げるばかりでした。そうした若者がそれを生涯の仕事とするか、また別の仕事を見つけるかは分かりませんが、そこでの報酬が決めてとなります。今ヘルパー2級の研修を受けていますが、介護保険を支えるヘルパーの報酬をこんなに押さえる制度を、どうかもう一度ご検討いただきたいち思います。お願いします。神奈川県 厚木市 しょうがい げんき (67歳)

投稿者 しょうがい げんき : 2005年03月11日 08:08

「格差教育」を実施した経験があります。見事に失敗。上、中、下に分けて授業を進めたら、各階層で階層ができてしまい教育効果は出ませんでした。さらに分けることの弊害で中と下の子供たちのやる気を奪いました。・・・・・・今はごちゃ混ぜにして、できる子は予習、復習の宿題を必ずやらせます。出来ない子は補習を必ずやらせ、宿題を出しません。出来ない子が出来るようになると出来る子と同じようにやらせます。宿題を懲罰ではなく褒美として与えます。俄然皆やる気が出ます。さらにできる子が宿題をやることによってより出来るようになります。全体のレベルが上がります。・・・・・・悩みは皆がやりすぎることです。「やりすぎるな」というのが口癖になりました。皮肉なことが「やりすぎるな」というと子供はやりすぎます。規制してコントロールするのも教育と思います。子供の希望は往々にして理論的でないものがあります。・・・・・・基礎教育においては離陸途中の飛行機と同じでアシストが必要です。自主性をということで放任しようとしますが放任すれば落っこちてしまいます。自主性とか個性はある程度成長しなければ出てきません。基礎教育では徹底管理教育のほうが実践的だと思います。発展途上のこどもにあわせた教育を施すことを要望します。

投稿者 野澤保博 : 2005年03月11日 11:35

ひできさん
「シンボリック・アナリスト」、インパクトありましたね。ワークオブ・ネーション読みました。私もライシュにように未来の社会構造を予見した政策を創れるようになりたいです。

しょうがいげんきさん
私も「フリーター」とひとまとめにすることはまずいと思います。やはり前向きに進もうとしようとする人がより能力を高められるような制度が必要だと私も感じます。
来週、国会質問で「ひとつくり」について、意見を言おうと思います。子供の教育も重要ですが、大人も学べるようにしていきたいと思っています。よろしくお願いします。

野澤さん
基礎教育での管理の重要性はご指摘のとおりだと思います。
ところで野澤さんは、先生をされているのですか?

投稿者 藤末 : 2005年03月12日 22:43

野澤保博 さま。

「習熟度別クラス編成」が格差を拡大するだけで底上げにならないことは、佐藤学 東京大学教育学部長が「習熟度別指導の何が問題か」(岩波ブックレット)でお書きになっているわけで、教育職の方には周知の事実ではないかと思いましたが、まだやる人がいるんでしょうか。

投稿者 Inoue : 2005年03月13日 08:54

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