笛(リコーダー)といじめ
[2005年04月16日] [日記] [コメント (6)] [トラックバック (0)]
久しぶり土日休みです。
最近、土日は色々と廻っていましたので、ほっとしております。
さて、息子が笛(リコーダー)を買って、がんばって練習していました。
私は、笛を見て、突然、なんともえいない感覚が頭によみがえりました。
私は、小学生低学年の頃、笛がふけなかったので、相当いやな思いをしていたのです。
(指が太く、今でも相当不器用です。)
それは、
小学校2年の時だと思いますが、毎朝、笛の練習があり、子供が交代で笛を吹かなければなりません。
そして笛を吹く順番を「吹いた子が次の子を指名できる」ようになっていました。
そこで何が起きたかといいますと、
『みんなで笛をふけない私に集中して笛を吹く番を回すわけです。つまり、私が吹いて、次の人を指名すると、次に指名された子がまた私を指名する。これを繰り返される』
ということをされました。
当時、笛をふけないだけでなく、頭もよくなかったし、喧嘩ばかりする転校生だったので、こんな目にあったんだと思いますが、やはりこれが「いじめ」というものでしょう。
笛を見ただけで「なんとも言えない、嫌な感覚」が頭の中に戻りました。きっとトラウマになっています。
私は、小学生の頃、1年に1回、九州各地を転校しました。
このいじめにあったのは、九州の大都会の真ん中にある小学校でした。
やはり、上品な街だったと思います。喧嘩しておこられていましたから、
熊本や長崎では喧嘩しても「子供の喧嘩は子供の話」と大人が介入することはありませんでした(私のぼやけた記憶では)。
今でも、小6で熊本に転校したときに「やっと帰ってきた」と思ったことを思い出します。
当時、熊本では、『頭が良い子、スポーツができる子、よりも喧嘩が強い子がいばる。といういかにも動物らしいルール』がありました。
多くの人が野蛮だと仰るかもしれませんが、私はこれがいいと思います。
頭に来るから喧嘩して、自分も痛い思いをする、から喧嘩の後もすぐ一緒に遊ぶし、陰湿ないじめがなかったように思いますが。(当然、たたくなど表にでるようないじめはありました。)
私個人の経験だけに基く考えですので、正しいかどうかは不安ですが、「私は子供頃に喧嘩をさせた方がいんしつないじめがなくなる」と思っています。
この記事は、なぜか力が入ります。
ついでに申し上げますと、
『私の小さい頃の熊本は親が子供に変に介入しませんので、色々な友人と遊んでいました。』
小学6年の友人には、「覚せい剤で刑務所に入った人」もいますが、子供の時には「へんなやつだな、でも面白いからいや」という感覚で一緒に遊んでいました。
私は、自分のいいところはずっと公立の小中学校に行って、色々な友人と遊んだことではないかと思うことがあります。ホームレスの方など世の中で落ちこぼれと言われる人が悪いとも思わないし、普通にお話します。また、がらが悪い人もあまり気になりません(この点は、これからは注意しないといけません)。
通産省時代の友人など、半分以上が中高一貫出身者でした。
話をしていると「エリートの中で競争して生きてきたんだなー」とおもったことがあります。
また、「世の中から外れた人と付き合ったことないんだな」とも思いました。
どんどん中高一貫校が増える中、裕福な家の子供だけ中高一貫校に進み、お金がない家の子が公立に進むといった『社会の層の分離』は、これからもっと大きないじめ問題を起こすかもしれません。
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コメント
私はリコーダーが嫌いでした。音色が嫌いでした。そこで絶対に練習しませんでした。従兄弟や兄が泣きながら練習している姿を見て「嫌いなら嫌い」といって止めればいいのにと思いました。二人とも不器用でした。私はよくわがままで他人の言うことを聞かないといわれますがちょっと違うかなと思います。正直なのです。嫌いなものは絶対にやりたくありません。音楽は大好きです。・・・・・・・しかしリコーダーは嫌いです。ピアノやギターは大好きで弾きました。誰にも教わっていませんが良く弾きました。音だけ聞いて試行錯誤で弾いていました。リコーダーは全く練習しませんで即興。宿題でしたが、やっていきませんでした。全くでたらめ。そこで代わりに他のをやってもいいかと訊くとOK。ピアノを一曲。拍手が鳴り止みませんでした。歌も好きでした。ありがたいことに音楽の先生は好きな物をやればよいとぼくを自由にしてくれました。そのおかげでいつも音楽は高成績でした。・・・・・・音楽は素晴らしい。でも全てをやれるわけではありません。音楽は真に美しい音を追求すればいいんじゃないかと思います。リコーダーを押し付けるのは、その先生、音楽が好きではありませんね。良くない先生の一例ですね。・・・・・・・リコーダーには悪い思い出があるようです。私の年代は子供のときのことをやり始める年齢に達しています。しかし誰も趣味でリコーダーをやろうという人が現れません。リコーダーを出して懐かしくてやっている人を見かけたことはありません。子供心にも嫌な思い出があるのではないかと思います。林の中でのバイオリンやハーモニカを吹いている人は見かけます。素晴らしくて立ち止まってしまいます。合唱をやっている人たちもいます。野外でやるとその素晴らしさが倍増します。・・・・・私はリコーダーが嫌いです。今でも嫌いです。今でもリコーダーの音を聞くとぞっとします。私の好みに合いません。寂しい音です。当時の文部省はどのような理由で導入したのでしょうか。私のように嫌いだとやらない子は落ちこぼれでしょうか。しかし、やらなくてもいじめられませんでした。一目置かれていたのでしょうか。・・・・・・藤末先生の指を見ますとピアノに向いていると思います。太い指はピアノの音の切れが良くなります。ピアノは指の力が要ります。音楽は何か一つできれば楽しいものです。中高年専門の先生につくと良いと思います。何か一曲弾けると音楽は楽しい思い出になります。まったくゼロでも週一で1年で一曲弾けるようになります。聴覚や脳に障害がない限り音痴は存在しません。音痴は音楽の先生が作っているのです。声の出ない子に歌わせたり、指の太い子にリコーダーをやらせたり、強引です。大天才でも全部出来たわけではありません。素材の個性を認めない日本の学校教育の負の成果です。ピアノは無謀なマラソンより健康的です。如何でしょうか。
投稿者 野澤保博 : 2005年04月16日 19:57
藤末先生の「手のひら」について一言。ずばり仕事をする人の手です。口でなく行動する人とお見受けします。努力家ですね。誠実です。・・・・・・私は占い師ではありません。手相は見ませんが父がよく言っていました。「手のやわらかい、薄い人間は嘘つきが多いから信じるな。」・・・・・・必ずしも当たってはいないかもしれませんが、肉厚の薄い人は汗をかかない人です。口先三寸が得意な人が多いと思います。・・・・・・ぼくは外見よりも行動を信じます。何をしてるか何をしようとしているかで判断することにしています。しぐさや雰囲気にも注意しています。相手を正確に知ることはとても大事です。・・・・・ぼくも肉厚です。いつも手袋しているので綺麗です。行動派の手です。口より先に手が出てしまいます。ついこの間も電車の中でゴミが散らかっていたのでうっかり拾い集めてしまいました。降りる時に近くにすわっていた叔母さんに丁寧にお礼を言われてしまいました。なんだか恥ずかしくなりました。女房には「ゴミなど拾わないで恥ずかしいから止めてくれ。」といつも怒られています。手がいけません。ついゴミを見ると反射的に拾ってしまいます。
投稿者 野澤保博 : 2005年04月17日 02:31
野澤さんのご指摘のとおりリコーダーがすきという人には会ったことがないですね。
私のつたない夢のひとつに「三味線を覚える」ことがあります。外国に行って宴で三味線を演奏できたらと思い、土曜日に教えてくれる学校も見つけましたが、とても通う時間がないと思いあきらめました。
投稿者 ふじすえ : 2005年04月17日 10:17
三味線ですか。素晴らしい。三味線は粋です。かつて勝新太郎さんの三味線に感動したことがありました。・・・・・・憧れを持つことは進歩への第一歩です。「あこがれた」ということは「出来る」ということです。・・・・・先日、志村けんさんの三味線に合わせて北野たけしさんがタップをやっていました。少々つたなかったのですがこの二人にも感動しました。・・・・・・何か一つできると音楽は楽しくなります。音楽が楽しいとさらに人生は楽しくなります。月一回でも良いからやってみましょう。国際的には日本文化の宣伝になります。
投稿者 野澤保博 : 2005年04月18日 00:13
野澤さん、もう少し余裕ができたらトライします。おそらく来年ですね。今年は、無理せずマラソンの目標を達成したいと思います。
投稿者 ふじすえ : 2005年04月18日 18:35
月1回ですか、なんとかがんばります。海外で三味線を弾いて外交できるようになりだいです。うまく教えていただける方が見つかればいいですが。
投稿者 ふじすえ : 2005年04月19日 07:03







