イソップ童話『ライオンと鼠』の日米での違い
[2005年05月04日] [日記] [コメント (4)] [トラックバック (0)]
シカゴ大学社会学部教授 山田一男先生が経済産業研究所のサイトに
面白い話を書かれていました。
これは藤末の解釈ですが、
○契約を大切にするアメリカ、仁義の日本
○個人の特性を見るアメリカ、信頼を重視する日本
との違いがあると感じます。
どちらがいいとは言えません。
今、日本は、金融制度、会社制度などでアメリカの制度を輸入していますが、単純にアメリカの制度を持ってくるのではなく、日本の文化に適した制度を自ら編み出す必要があると強く感じます。
以下、経済産業研究所「山口一男先生の日本社会論」から抜粋です。
アメリカ版の『ライオンと鼠』の話とは、次のような話であった。
ある日、ねずみたちが集まってお互いの自慢話をしました。
──私たちの中で一番勇気があるのは、誰だろうか?
すると、一匹のねずみがいいました。
──それはもちろん私さ。ほら、向こうの草原に一匹のおすライオンが眠っている。私は、あのライオンの背中の上を駆け抜けることができるぞ。
他のねずみはみな感心しました。そんなことができるほど勇気のあるねずみはほかにいなかったからです。そこで、そのねずみは自分の勇気を証明するために出かけました。そばまで来ると、ライオンはまだよく眠っているようです。ねずみはしばらくライオンの様子をうかがっていましたが、やがて
──これならだいじょうぶ。
意を決して、ライオンの背中に駆け上がりました。ところが、ねずみが背中からおりるやいなや、今までよく眠っているように見えたライオンはパッと跳ね起きて前足でねずみを押さえてしまいました。
──誰だ、私の眠りのじゃまをするのは!
ライオンはねずみをただ一口で呑みこもうとしました。
──待ってください。私を食べるのはいつでもできます。その前に私の話を聞いて下さい。
ねずみは急いで言いました。
──私は小さい肉のかけらで、食べてもあなたのおなかのたしにはならないでしょう。それより今私を自由にすれば、後で私はもっと良いことをあなたにできるでしょう。
──それは、どういうことかな?
──私はなりは小さくとも勇気があり、またあなたのように鋭い歯は無くても、あなたの歯で切れない物でも噛み切れる強い歯を持っています。ですから、いつかあなたが困った時にやってきて、きっとあなたを助けることができるだろう、と思うのです。
(まあ、何と大きな物の言い方をするねずみだろう)
と、ライオンは思いました。
(私を助けるって? そんな考えは全くバカげている)
しかし、ライオンは鹿を食べて昼寝をしていたところだったので、おなかが全くすいていませんでした。それで、
──確かに私は今、小さい君を食べなければならない程おなかがすいていない。だから君を自由にしてあげよう。運のいいねずみだ。
ライオンはねずみを放してやりました。たち去って行くねずみにライオンは後ろからからかうような声で呼びかけました。
──いいか、君は約束したぞ。いつかこの私を、ライオンを助けるとな。ハ、ハ、ハ、...
それからしばらくたったある日、ライオンはつい油断して猟師のしかけた網のわなに捕らえられてしまいました。ライオンは歯で網をかみ切ろうとしましたが、その歯はロープを切るのには向いていないので、何度も試みた後、ついにあきらめざるをえなくなりなした。
──何と言うことだ。少しの油断で命を縮めることになってしまった。これで私もおしまいだ。
こういって、怒りと悲しみの大きな唸り声をあげました。
絶望に打ちひしがれていたライオンは、突然何か小さな生き物がロープをかむ音に気がつきました。あのねずみです。ねずみはせっせとロープをかみ続け、ついにライオンが出られるのに十分大きな穴をつくると言いました。
──さあ、私は言った通りに約束を果たしましたよ。
ライオンは感激してねずみにお礼を述べ、そして、
──これからあなたたちねずみを、ただ小さいという、それだけの理由でバカにすることは決してないだろう、
と、言いました。
この話は、アメリカの学生にはなじみのあるものであったが、私自身には初めて読んだ時はむしろ新鮮な感じを与えるものであった。なぜなら、私にとってなじみの深い日本版の『ライオンと鼠』の話とは、次のような話であったからである。
ある日、うっかり者のねずみが誤って寝ているライオンの上に走り登ってしまいました。うす茶色の土もりと間違えてしまったのです。
ライオンは眠りからパットさめてとび起きると、すばやく前足でねずみを押さえました。
──誰だ、わしの眠りをさまたげるのは!
──ごめんなさい、許して下さい!
ねずみは悲鳴をあげました。
──ライオン様のお体とは知らないで登ってしまったのです。
ねずみは涙を流して、ひらあやまりにあやまり、ライオンの許しを乞いました。ライオンは最初は、気持ちの良い眠りをさまたげられて腹をたてていましたが、そのうちに一生懸命に許しを乞うねずみが哀れに思えて来ましたので、
──このうっかり者め、まあいい、できてしまったことは仕方がないから今回は許してやろう。しかし、これからは十分気をつけるのだぞ。
そう言って放してやりました。
──はい、気をつけます、気をつけます、ありがとうございます。
ねずみは何度も何度もおじぎをして喜んで帰っていきました。
それからしばらくたったある日、ライオンはつい油断して猟師のしかけた網のわなに捕らえられてしまいました。ライオンは必死に網を噛み切って出ようとしましたが、できません。ついに諦めて、
(もう、わしの命も終わりだ)
と、思いました。
その時です。ライオンはカリカリと綱を噛む小さいけれどしっかりした規則的な音を聞きました。そこでは、いつかのあのねずみが網を噛み切ろうと、せっせと働いていました。ねずみは、
──ライオン様、ご恩返しにまいりました。今お助けしますから、しばらくご辛抱下さい。
と、言いました。そして、次々と丈夫な綱を噛み切ると、ライオンをついに助け出しました。
助けられたライオンは喜んで言いました。
──おまえはよく私のことを憶えていてくれた。これからも末長く私のよき友でいておくれ。
そして、それから二人は死ぬまで仲の良い友達になりました。
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コメント
概して、日本人は、流動性の低い、単一の精神構造をもっています。精神的つながりが強いと思います。ゆえに精神的呪縛である仁義が重んじられました。アメリカのよう流動性の高い、多様な精神構造をもっている民族では通用しません。精神的なつながりは弱いと思います。そのためアメリカでは契約が重んじられ、法で縛り、さらに担保などでその契約を補償します。精神的なつながりが薄い多民族国家では仁義よりも契約が優先されます。・・・・・・アメリカでは仁義に近い物として人間性があります。しかしキリスト教的価値観による人間性ですので商取引などでは通用しません。日本では「恩と報恩」、アメリカでは「契約締結と契約履行」が重要視されます。しかし、近年、日本でも契約が浸透してきています。・・・・・概して精神的なつながりあれば口約束でも有効ですが、それがなければ契約とその担保が必要です。例えば、あまりドタキャンをすると女房に契約書と担保を取られます。精神的つながりがあったほうが便利ですね。
投稿者 野澤保博 : 2005年05月06日 21:44
見えないつながり(連帯感)、暗黙の知識の共有などが日本の強さだと思いますが、それらがこの10年で崩れてしまったように感じます。JR西日本の事故もノウハウが受け継がれないこと、職務への忠実さなどの不足、が根っこにあるように感じますが、多くの日本企業が同じようなわなにはまっているのではないでしょうか?
投稿者 ふじすえ : 2005年05月07日 09:39
見えないつながり(連帯感)、暗黙の知識の共有などが日本の強さだと思いますが、それらがこの10年で崩れてしまったように感じます。JR西日本の事故もノウハウが受け継がれないこと、職務への忠実さなどの不足、が根っこにあるように感じますが、多くの日本企業が同じようなわなにはまっているのではないでしょうか?
投稿者 ふじすえ : 2005年05月07日 09:44
コメントありがとうございます。エントリーを拝見しました。山口先生の後編に対するエントリーを楽しみにしています。
投稿者 shiba : 2005年05月10日 22:44







