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「日本の笑顔を作りたい!」 ふじすえ健三は、東京大学助教授を辞して、国会から日本の笑顔を作ります。
民主党参議院議員 ふじすえ健三 公式ウェブサイト

お笑い番組といじめ

[2005年06月05日] [日記] [コメント (7)] [トラックバック (1)]

前に笛を吹けずにいじめられたことを書きましたら、色々とコメントを頂きました。

さて、先日、お笑い番組を見ていましたら
『まだあまり人気がないと思われる売り出し中の芸人さんが人気がある芸人から無理なこと(熱湯の風呂に入る)をやらされて、困る様をみんなでわらう』というシーンがありました。

これは完全にいじめです。
立場が弱いものが立場の強いものに、無理強いを受け、困っているところを立場が強いものがわらう。
こんな番組がTVで流れていれば、子供たちがそれを真似するのではないかと思います。

私は、あまり、TVを見ない方ですが、この番組を見ていやな感じがしました。
皆さんはどう思いますか?

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ああいった芸人の多くは「リアクション芸人」といわれる人たちで、昔のドツキ漫才と同... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年06月20日 03:13

コメント

私も時々藤末さんと同じように感じます。
ただ、政治家である藤末さんが番組内容について直接放送局に訴えるのは少々問題があるでしょうし、一般市民がそのようなことを言ってすぐに反映されるとも思いません。
やはり、教育の中でテレビの中の出来事と自分の周りの人とどう接するかをきちんと分けて考えることを教えることが何より重要と考えます。
昔、小人症の方々のプロレスがありましたが「差別だ」と批判されるなかでついになくなってしまいました。プロレスラーだった方々は「仕事を奪われた。何が人権だ」とおっしゃっていましたが、まさに人権とは何なのか難しいテーマであるような気がします。

投稿者 ゆう : 2005年06月07日 17:31

 ああいった芸人の多くは「リアクション芸人」といわれる人たちで、昔のドツキ漫才と同じです。
 藤末さんの例で言えば、笛を吹いて傷つけばいじめであり、逆に笛を吹けないことを売りにして、道化役を演じればそれはいじめではないとおもいます。

 そういった意味で、昔はゴールデンタイムに平気でやっていた「ひょうきん族」の時代と違い、例えば「めちゃイケ」のSTAMP(さいころで当たった人がハリセンで叩かれる)が抗議ですぐなくなったように、若者への教育上の問題を考慮(時間帯を考慮)さえすれば、ある程度許容されるものだと思います。
 彼らはそれでメシ食っていて、何でもいいから名前を売りたいか、いかに面白いリアクションをするのかを研究しているのですから・・・。

投稿者 ハーデス : 2005年06月08日 01:39

「お笑い」と「いじめ」ですか。難しいですね。「お笑い」について言えば、笑わせることは非常に難しく、芸人さんたちは非常に苦労しています。罰ゲームで熱湯に入る芸は難しい。熱くないのに熱かったようにオーバーアクションします。それもなるべく派手で違和感なくやるのが芸です。しかも笑いが取れるようにやるのです。本当に熱湯で、熱くてのた打ち回れば無気味です。目を背けたくなります。「かまゆで」の刑で笑える者はいません。「いじめ」はサドです。サドはのた打ち回り苦しむのを見るのが快感です。「お笑い」はのた打ち回る滑稽さが楽しいのですが、オーバーアクションとわかっているからが楽しいのです。・・・・・ただテレビは幼児性のある者には多大な影響があります。テレビの中では演じられているということが判断できないからです。演技だから「お笑い」なのです。現実だったら笑えません。心の片隅でこんなことはありえないと思っているから面白いし、楽しいのです。本当だったら大丈夫かなと思います。ただ演技が判断できない子供たちに見せる芸ではありません。誤解を生じます。テレビ局によってはテロップで「このお湯は熱くはありません」と流しています。ませた子なら「先生、本気にしているんですか。本当だったら傷害事件ですよ、これは。」と言われます。・・・・・・ところで国が見せたい番組は教育的、説教的なものが多く、つまらなく、中には悲惨すぎるものもあります。見せたくないものは道徳的ではありませんが楽しいものが多いと思います。「クレヨンしんちゃん」はワースト3に入っているそうですが、ぼくは非常に面白いと思います。下ネタが気になりますが、「志村ケン」も好きです。兄は大嫌いです。「志村ケン」が出てくるとテレビが消されます。「国会中継」もワーストの中に入れてもらいたいと思います。教育的ではありません。国会議員の先生方が悪態をついたり居直ったり見苦しい場面が多々あります。青少年の教育上よろしくありません。下ネタまがいのことを言う先生もおられます。面白いけれど教育上好ましくない時もあります。せめてR-15指定ぐらいにしていただきたいと思います。・・・・・・「いじめ」も「笑い」も内面の問題です。外面的現象に対する内面反応です。同じ行為でも、楽しいと思えば「お笑い」、苦しいと思えば「いじめ」です。「いじめ」は劣っている人間の代償措置のようです。何とか相手の劣っているところを発見して安心するのでしょう。「いじめ」は心の問題です。苦痛に感じれば「いじめ」です。何も感じなければ「いじめ」ではありません。同じ行為でも他者からの判断は難しいですね。・・・・・・いつもいじめられている子がいました。「いじめられて悲しいか」と聞いたら、そうでもないとのことでした。一番嫌なのは無視されることだそうで、皆が注目してくれるからわざと失敗して、皆にいじめられると面白いそうです。複雑ですね。陰湿な「いじめ」だけでなく、「無視」や「からかい」も「いじめ」と感じるようですね。・・・・・・「いじめ」とは精神的肉体的に弱い者に暴力的に苦痛をあたえることです。「お笑い」とはこっけいや風刺をして観客を笑わせることです。同じ行為でも「いじめ」になったり「お笑い」になったりします。行為だけからの判断は難しいと思います。

投稿者 野澤保博 : 2005年06月19日 23:50

>>ゆうさん   確かにご指摘のとおりですね。小人症の方のプロレスは私も覚えています。確かに同じような話になる可能性がありますね。ハーデスさんのご指摘にもありますように「リアクション芸人」というジャンルがあればそれを否定することはできませんね。

投稿者 ふじすえ : 2005年06月20日 03:08

>>ハーデスさん いつも鋭いコメントをありがとうございます。確かに道化でいじめをなくす、というのはいい手ですね。自分はあまり得意でないかもしれません。

投稿者 ふじすえ : 2005年06月20日 03:09

>>野沢さん
 本当にありがとうございます。たしかに行為からの判断は難しいですし、また個人によって感じ方が違うのも事実ですね。「いじめ」より「無視」がつらい、というのはうなずけます。考えてみますと、私が受けたいじめはそれほどたいしたものではありません。結局1年で転校しましたので、期間も短かったですし。
「無視」などもって陰湿ないじめを自分が受けたらと考えると、私は耐えきれないですね。

投稿者 ふじすえ健三 : 2005年06月30日 14:43

完璧に、いじめだと思います。

いじめというのは、相手が困っているのを見るのが、
楽しく、笑うのです。
ですから、「いじめ」と「笑い」は切っても切れない関係です。
「笑い」というのは、色々な種類があると思います。
例えば、落語のように、なるほどすごいなと思わせわれる笑いもあります。これは、磨き上げられた芸だと思います。
しかし、若手の芸人が困る姿を見て面白がる笑いに、どこに
感動がありますか?
不快感だけです。見て楽しい人間は、人間性が欠如
しているのだと思います。

今のテレビには、いじめが氾濫していると思います。
表現の自由の名の下に、マスコミは、好き勝手やっている
と思います。
マスコミは、表現の自由の趣旨を勘違いしていると思います。

差別的な発言の規制が許されるのなら、報道する内容についても、ある程度の規制をしてもよいのではないでしょうか?

先生が問題意識をお持ちでしたら、政治家として
何か行動を起こされることを期待しています。

投稿者 ひろし : 2008年05月13日 22:21

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