福沢諭吉 「脱亞論」
[2005年07月09日] [日記] [コメント (1)] [トラックバック (0)]
東アジアの歴史を研究(私にとっては勉強)しようという会が立ち上がり、
大学の先生から、福沢諭吉全集第十巻にある「脱亞論」を頂きました。
よく福沢諭吉が「脱亞入欧」と主張したと言われますが、
正確には「脱亞」の二文字です。
<抜粋>
是に於てか我日本の士人は國を重しとし政府を輕しとするの大義に基き、又幸に帝室の神聖尊嚴に依頼して、斷じて舊政府を倒して新政府を立て、國中朝野の別なく一切萬事西洋近時の文明を採り、獨り日本の舊套を脱したるのみならず、亞細亞全洲の中に在て新に一機軸を出し、主義とする所は唯脱亞の二字にあるのみなり。
そして、脱亞とは「中国と韓国から離れる」ということを指します。
<抜粋>
左れば、今日の謀を爲すに、我國は隣國の開明を待て共に亞細亞を興すの猶豫ある可らず、寧ろその伍を脱して西洋の文明國と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣國なるが故にとて特別の會釋に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ。惡友を親しむ者は共に惡友を免かる可らず。我は心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり。
時代は変っています。この世紀は「入亞」の時代かもしれません。
わが国の安定と反映のために、少なくとも日米韓+中という連携は創る必要があると考えます。
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.fujisue.net/MT3/mt-tb.cgi/3774
コメント
結論から言えば、私は現代も「脱亞」の時代だと思います。ただし、1世紀前とは違って「亜細亜」の範囲は広まりました。台湾やフィリピン、マレーシア、インドといった独立国が生まれ、中国と朝鮮半島以外にも「アジア」の国々があります。これらの国々ともっと連携を深めるべきという意味で、新しい「入亜」の時代になると思います。
そこでなぜ脱亞かですが、一言で言えば価値観の違いです。韓国にはいろいろな人もいるようですが、基本的に中国・朝鮮(大陸アジア)の価値観は自己の利益を押し出すことが正しい、というものだと思います。これが、他のアジアの国々と違って、他国(日本)の謝罪を受け入れなかったり逆に他国を侵略しても謝罪しなかったりという政治に反映されているのだと思います。
別にこの価値観が悪いと言うつもりはありません。ただ、価値観の違う国同士が付き合うのは非常に難しく、かつ得るものが少ないということです。
もちろん同じ価値観でもって臨めば、交流を深めることは可能だと思います。たとえば英国やフランスはかつて中国沿岸を植民地化して侵奪を行ったわけですが、決して謝らず償いもしないという方針で臨むことで、かえって中国から信頼を得ています。韓国も同じです。朝鮮戦争での敵、中国は決して謝りませんが、日本に対するのと同じように謝罪を要求し続けているという話は聞きません。韓国が謝罪を要求し続ける相手は日本や戦車事件でのアメリカのように、ちゃんと謝罪をした国だけです。
しかし、日本人が大陸アジア的な対応を取ることは価値観に反し苦痛で、これまでの外交実績から見てもまず有り得ないことでしょう。ですからこの方法で中国・朝鮮と友好を深めることもまた難しいと思います。
一方で、他のアジア諸国はそこまで自己の利益のみに執着していません。先のインドネシア大統領や現フィリピン大統領のように、日本が謝罪したことはちゃんと評価します。また、日本の侵攻と中国による侵略・欧米による植民地化を客観的に並べて見ることができていると思います。
ですので日本の取るべき道は中国や朝鮮半島とはほどほどの距離を置き、もっと目を他のアジア諸国に向けることだと思います。中国や韓国は、放っておいてもそこそこの貿易が生じます。敢えて、たとえばFTAを結ぶメリットはないと思います。むしろ、政治リスクの高いこれらの国々から妨害を受ける可能性を考えて、日本の産業と補完性の高い台湾や、中国の安い労働力の代替になり得るベトナムやインドネシアとFTAを結び、早めに企業を避難させておく政策が必要だと思います。
(確認画面で気付きましたがコメントは改行が入らないのですね。長文で読みにくい文章で済みません。)
投稿者 あおい : 2005年07月13日 00:37







