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「日本の笑顔を作りたい!」 ふじすえ健三は、東京大学助教授を辞して、国会から日本の笑顔を作ります。
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哲学ができる年齢

[2006年01月16日] [哲学] [コメント (0)] [トラックバック (0)]

素人哲学者を目指して、空いた時間に本を読んだりしていますが(そもそも空いた時間に本を読むこと自体がだめですね)、もっと本腰入れて勉強しないと新しい哲学を作るという夢は実現しないのではないか?
と思ったりもします。

そうしましたところ、常深 康裕氏(シンクタンク・リサーチャー)が書かれた以下のような文書を発見しました。
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ドイツ人のように論理的構築物で勝負したい向きには、36 歳が一つの限界だ。その年で、哲学者ヘーゲルは「精神現象学」を著し、確か、サルトルの「嘔吐」もこの年齢だった。そういえば「花伝書」には、34,5 歳までは、芸は登り坂、その後は、衰えていくと書いてある。スポーツ選手でも、これくらいかもしれません。
ただ、生物学などでは、年齢はグットあがって、ラマルクが、動物哲学を書いたのは、彼が65 歳、ダーウインの「種の起源」は、彼が60 歳の時の著作である。、ラッセルの「西洋哲学史」を読み返してみた。妙に「何歳の時の著作か」に気が廻る。ロックが、「人間悟性論」を書いたのは55 歳、ホッブスの「リバイヤサン」になると63 歳、いずれも処女作だ。ホッブスは、その後80 歳を越えるまで物を書くことに情熱を注いでいる。イギリス流の経験論的著述は、書くことに年齢の重みを求めているのだろう。
とすれば、老いることがまんざら悪いことばかりでもなさそうだ、と思いなおせた。
・・・・・・・・・・・・・

私も経験論的なものを書けばなんとかなるのではないか。
と思わせていただきました。

私は、「人間は入力した情報を越すことはできない。発明・発見も入力された情報の組み合わせによる新しい情報の作成に他ならない。入力情報では、特に経験した情報が重要である」と考えています。

これから政治家として、色々と経験することが、大きな糧になるようにしていきます。


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