「職業としての政治家」 マクス・ウェーバー著 その2
[2006年04月15日] [日記] [コメント (2)] [トラックバック (0)]
読書感想の続きです。
第一回は、本当に感想でしたが、今回はもっと考えたことをお伝えします。
本当に中身がすごい本ですが、自分が感じたところだけを抜粋しますので、お許しください。
まず、国の定義ですが、
〇国家とは、「ある一定の領域の内部で正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である」(岩波文庫 脇 圭平訳、9ページ)とあります。この定義は非常に重要です。
>>正直、国家を、民族を単位とする法人という定義にも出来ます。ウェーバーの定義であれば、資本組織も国家足りえると私は考えます。
〇「信条倫理」と「責任倫理」
「倫理に方向づけられたすべての行為は、根本的に異なった二つの調停しがたく対立した準則のもとに立ちうるということ、すなわち『信条倫理的』に方向づけられている場合と、『責任倫理的』に方向づけられている場合があるということである。」とあります。
>>この議論は、臓器移植法、生命倫理の議論で表に出ます。深めなければなりません。
〇情熱と判断
「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。もし、この世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ不可能なことの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。」
>>まったくそのとおりです。
〇官僚の責任
「自分の上級官庁が(自分の意見具申にもかかわらず)自分には間違っていると思われる命令に固執する場合、それを命令者の責任において誠実にかつ正確に(あたかもそれが彼自身の信念に合致しているかのように)執行できること」
>>役人の方々の心意気が必要だと思っています。
〇政治家の天職(ベルーフ)
自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が-自分の立場から見て-どんなに愚かであり卑俗なものであっても、決して挫けない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。
〇政治支配者に奉仕する職業政治家
二つの道
1.「政治によって生きる人」:政治を恒常的な収入源とする人。
2.「政治のために生きる人」:経済的な面では余裕があるレンテ生活者(不労所得者)であり、政治生活に打ち込んで意味を見出す人。
2.がいいですね。
〇指導者的政治家の条件
1.情熱
2.責任性
3.判断力
100年前、社会環境も大きく違う時代の本ですが、示唆に富みます。
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コメント
非常に興味深い記事でした。
忙しい議員生活の中でも日々勉強を欠かさない
ふじすえ先生の姿勢には本当に学ぶところが多いです。
私も仕事以外の論文を必ず週に3本読むことを
自分に課しています。
今後も、ふじすえ先生の書評を楽しみにしています。
投稿者 法律家 : 2006年04月15日 14:13
>>法律家さん
この本は、本当に勉強になりました。薄い本ですが、読むのに1週間くらいかかりましたし、読み直しもしました。
やはり古典はいいですね。時代のフィルターにかかっているだけに文字の重みが違います。
これからは、時々古典も読んでいこうと思っています。また、面白い本がありましたらご紹介します。
投稿者 藤末 : 2006年04月19日 09:15







