時代末〈下〉 堺屋 太一 (著)
[2006年05月03日] [日記 | 読書録] [コメント (4)] [トラックバック (0)]
時間がありますので、よく本を読んでいます。
私が好きな堺屋先生の本です。
この本には、太平洋戦争にどのように突入したかの話があり、それを読みたくて購入しました。
この中で、近衛内閣が3回組閣し、1次:1年半、2次:1年、3次:3ヶ月といった2年9ヵ月の間に、日中戦争勃発、国家総動員法の制定、東亜新秩序建設声明、大政翼賛会の結成、日独伊三国同盟の締結という重大事項を遂行したということは知りませんでした。全て近衛首相の責任と言うわけではありませんが、何か理由があるのではないかと思います。
昭和15年に総理になった海軍出身の米内光政は、戦後、開戦のときに海軍のトップだったらどうしたかとの質問に「開戦に反対した。でも、反対したら殺されていた。」と答えたそうです。
一旦、国を含め組織が暴走し始めたら止めることは容易でないと感じました。
逆に、冷静に物事を見ている人は、組織から阻害されることになるようです。
「効率の達成」と「結果の平等」を達成したのが昭和16年体制である。この点について16年体制の結果の平等が「機会の平等」に転換しつつあるのが「今」ではないかと思いました。
1986年は資源過剰構造への転換期である。これは日本に有利な世界構造、と指摘しています。これも石油がバーレル70ドルを超える状況で、大きく変わってきています。
これからは、石油、食料、水という資源が希少価値を持つ時代になるのではないでしょうか。
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コメント
自分は以前に首都機能移転の議論の際に堺屋氏の主張を少しばかり触れたことがあるのですけど、どうも肯けることができませんね。残念ながら。
堺屋氏の一番の"実績"たる大阪万博にしてさえ、石坂泰三が後年密かに書簡にしたためた様に「民間の努力が官僚の独占物と化した」と言う現実もある訳ですし、どうもエリート官僚が高みから見下ろしてモノを言っている様にしか聞こえないんですよ(だからこそ首都機能移転を文化大革命の様に喧伝するのは筋が通っているのかも知れませんが)。
投稿者 杉山真大 : 2006年05月05日 21:25
>>杉山真大さん
海外国家論について、現状を見ると、「陸の物流」はわが国は他国に完敗しています。これは規制などの問題です。
2004年の世界のコンテナ取扱量は、1位台湾、2位シンガポール、3位上海です。ちなみに東京17位、名古屋24位です。
これで海洋国家はきついです。
投稿者 藤末 : 2006年05月16日 10:16
機会の平等?
東大の学生の親が高確率で高所得者で、低所得の親の子どもは高確率で低学歴・低所得になるというのは、政府でさえ認めている客観的事実なのではありませんか?
スタートラインがみんな同じなら機会の平等が実現されていると思いますが、現在の社会はスタートラインがひとりひとり違っている状況です。
機会の平等さえ存在しないのが現在なのではありませんか?
投稿者 谷口 : 2008年01月03日 19:30
今、時代末上巻を読み終わって、今ネットで下巻を買い求めようと探していてたどり着きました。
旧軍部官僚政治は日本を戦争へ追いやってしまったわけですが、今の日本の財政危機を始めとする政治の八方塞状態も官僚政治の招いたもので病根は同じであると思います。
是非民主党には行政のチェック機能としての役割を期待しています。
投稿者 @@@ : 2008年02月22日 14:31







