小泉首相の靖国参拝
[2006年08月16日] [日記] [コメント (8)] [トラックバック (1)]
本件については、
1.首相の靖国参拝が憲法20条「政教分離」に違反していないか
(憲法第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。)
2.中国、韓国など近隣諸国の反感
の2点があると考えます。
1.については、最高裁判所は、この6月に「明確な事件性がないとの理由で訴えを却下」しています。
ここで明確な判決がでれば、大きな議論の基盤となったのに残念です。最高裁の判決がないため、首相の靖国参拝は違憲かどうかの議論が起きてしまいます。
日本国憲法81条に、「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」と定めてあるにもかかわらず、法律などの違憲審査をやっていません。
なぜ、法律などの違憲審査をやらないかというと、これは判例によるもののようです。
自衛隊の前身である警察予備隊の設置や維持に関する法令の制定をも含む一切の行為の無効確認を求める訴えが提起されたことがあります。これに対し、最高裁は、具体的事件を離れて抽象的に法律、命令等が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有するものではないものとして、訴えを却下しました(最大昭和27年10月8日判決)。 これでは、最高裁判所はなんのためにあるのだろうかと思います。違憲訴訟法を整備して司法が「具体的な事件がなくとも違憲審査」をできるようにする必要を感じます。
2.については、「中国政府、韓国政府と歴史認識も含めもっと議論すべき」だと考えます。実際、中国の人たちと話していても靖国問題について深くは知りません。中には、A級戦犯の墓だと思っていた人もいます。わが国はもっと中国、韓国の人たちに事実をきちんと伝え、同時に両国の発言も聞き、きちんとした議論をオープンに見てもらう努力がいると感じます。
問題は、靖国だけでなく、歴史認識まで含めて対応しなければ、解決しないと思っています。
最後に、私個人としては、「国立の追悼施設」を整備すべきだと考えています。
参考として、諸外国の慰霊施設を整理した資料を続きに掲載させていただきます。
アメリカ
無名戦士の墓(Arlington National Cemetery)
場所:ワシントン郊外アーリントン国立墓地内(墓地の広さは約250万㎡)
追悼対象:南北戦争以来の戦没将兵
設立年:1921年11月11日に第1次大戦の無名戦士が埋葬され、1932年4月9日、現在の墓が完成
設置者:連邦政府
管理者:陸軍省
施設等:高さ11フィート、幅8フィート、長さ13フィートの真白の大理石の石棺型墳墓。戦没将兵の象徴として第1次大戦、第2次大戦、朝鮮戦争の無名戦士各1体を埋葬。
碑文:「ここに永眠する神のみぞ知る亡きアメリカ将兵に祝福と栄光あれ」
追悼式典等:5月の最終月曜日(南北戦争後1868年に最初の戦没者記念祭を行った日)と11月11日(第1次大戦休戦記念日)に追悼式典が開かれ大統領が献花。外国元首公式訪問の際に献花。
*国立墓地
陸軍省管轄(Department of the Army) 2箇所
Arlington National Cemetery,
U.S. Soldiers' & Airmen's Home National Cemetery
退役軍人省管轄(Department of Veterans Affairs National Cemeteries) 119箇所
内務省管轄(Department of Interior) 14箇所
アメリカ戦争記念碑委員会管轄(American Battle Monuments Commission) 24箇所
その他州立墓地多数
退役軍人省の国立墓地管理サイト(http://www.cem.va.gov/)より作成
イギリス
無名戦士の墓
場所:ロンドン市内、国会議事堂前ウエストミンスター寺院内
追悼対象:第1次大戦以降の戦没将兵
設立年:1920年11月11日に第1次大戦の無名戦士1体を埋葬
管理者:イギリス国教会
施設等:埋葬された墓上の大理石の敷石に墓碑銘
碑文:柩上に「1914 年より1918 年の大戦で亡くなったイギリス無名戦没者」と刻まれ、敷石には、埋葬の経緯が刻まれている。(参考資料⑩参照)
追悼式典等:11月11日に最も近い日曜日(第1次大戦休戦記念日)に追悼ミサ。外国元首の公式訪問の際に献花。
戦没者記念碑(Cenotaph)
場所:ロンドン市内ホワイトホール街(官庁街)
追悼対象:第1次大戦以降の戦没将兵
設立年:1920年
設立者:国
管理者:国(公共建設物事業局)
施設等:高さ10メートル、幅4メートルの記念碑
碑文:「名誉の戦没者」
追悼式典等:11月11日に最も近い日曜日(第1次大戦休戦記念日)の11時から政府、国教会、王立退役軍人会共催で追悼式典が行われ、国王が献花
フランス
無名戦士の墓
場所:パリ市中心凱旋門の下
追悼対象:第1次大戦以降の戦没将兵
設立年:1920年11月11日
管理者:退役軍人庁賛助のもとに民間法人「凱旋門下聖火委員会」が管理
施設等:第1次大戦の無名戦士1体が埋葬され、1坪足らずの大理石板
碑文:「祖国のために戦死した1フランス兵士ここに眠る。1914-1918」
追悼式典等:日常的に警備を兼ねた式典が行われているが、11月11日(第1次大戦休戦記念日)には追悼式典が行われ、大統領が献花。5月8日(第2次大戦の戦勝記念日)にも式典が行われ、かつては大統領も参列していたが、現在は参列しないようである。外国元首の公式訪問の際に献花。
ドイツ
戦争と暴力支配の犠牲者のための中央追悼所(Die Neue Wache : Zentrale Gedenkstätte der Bundesrepublik Deutschland für die Opfer von Krieg und Gewaltherrschaft)
場所:旧東ベルリン中心ウンターデンリンデン(1919年にF.シンケルが設計した元プロイ
セン王宮護衛所跡)
追悼対象:ドイツ人に限らずすべての「戦争と暴力支配」の犠牲者
設立:1993 年(1931年から1945年はプロイセン州立戦没者追悼所、1960年から1990
年は東ドイツ国立のファシズムと軍国主義犠牲者のための追悼所であった)
設置者:ドイツ連邦政府
管理者:ドイツ歴史博物館(連邦出資の有限会社)
施設等:中央にワイマール期の女性彫刻家ケーテ・コルヴィッツの「死んだ息子を抱く母
親像」の拡大複製。入り口右側の銅板に碑文。
碑文:「戦争と暴力支配の犠牲者への碑文」(参考資料⑪参照)
追悼式典等:クリスマスの6週間前の日曜日(国民追悼日、第1 次大戦の戦没者追悼日を
引き継ぐ) に、ドイツ戦没者埋葬地管理援護国民同盟(Volksbund Deutsche Kriegsgräberfürsorge e. V.)主催の追悼式典を連邦議会で開催、参加した連邦大統領が追悼の辞を述べた後、同じくドイツ戦没者埋葬地管理援護国民同盟主催の追悼所での式典で大統領以下が献花。
* ユダヤ人団体は、加害者と犠牲者をいっしょに追悼するNeue Wache に反対しており、例年、追悼記念日には、東ベルリンのヴァィセンゼーにあるドイツ最大のユダヤ人墓地内の第1次大戦のユダヤ人戦没将兵記念碑(第1次大戦にユダヤ人は約10 万人参戦、約1万2千人が戦死)で追悼式を行い、連邦軍総監やドイツ戦没者埋葬地管理援護国民同盟総裁が献花。
イタリア
無名戦士の墓(Altare della Patria)
場所:ローマ市内ヴェネツィア広場のVエマヌエーレ2世記念堂前
追悼対象:第1次大戦以来の戦没将兵
設立:1921 年
管理者:国防大臣直轄の戦没者委員会
施設等:記念堂前のVエマヌエーレ2世像の前の「ローマの像」の足元に「祖国の祭壇」
が1921年造られ、第1次大戦の無名戦士1体を埋葬。
追悼式典等:11月4日(第1次大戦戦勝記念日)に墓前で追悼式典、大統領が献花。外国元首の公式訪問の際に献花。
カナダ
戦没者記念碑(Cenotaph)
場所:オタワ市議事堂近くの大通り交差点中央
追悼対象:第1次大戦、第2次大戦、朝鮮戦争の戦没将兵
管理者:警察
追悼式典等:11月11日の戦没者追悼記念日(第1次大戦休戦記念日)に各地の記念碑で慰霊祭、11 時に黙祷。首相も参加。
オランダ
戦没者慰霊塔(Nationaal Monument)
場所:アムステルダム市ダム広場
追悼対象:第2次大戦の戦没将兵
設立:1956年
施設等:ダム広場中央に建築家ウード(Oud)と彫刻家(Rädecker)の作による白い塔
追悼式典等:5月4日(戦没者追悼記念日)に慰霊塔前で式典、女王が献花。夜8時に全国民が黙祷。
ロシア
無名戦士の墓
場所:モスクワ市、クレムリンの脇、アレクサンドロフスキー公園の1角
追悼対象:第2次大戦戦没将兵
施設等:4坪くらいの面積の墓碑、中央に永遠の火が燃えている
碑文:「無名戦士の偉業は不滅である」
追悼式典等:5月9日の戦勝記念日に式典開催、指導者が献花。外国元首の公式訪問の際に献花。
中国
人民英雄記念碑
場所:北京市天安門広場中央
追悼対象:アヘン戦争から1949年の革命までの犠牲者
設立年:1958年
施設等:高さ38m 東西50m 南北60m の巨大石碑
碑文:毛沢東の字で「人民英雄永垂不朽」、下段に革命の史実をモチーフとするレリーフ
追悼式典等:特に決まった追悼記念日はないが、外国元首の公式訪問の際に献花
韓国
顕忠塔
場所:ソウル市国立墓地(140万㎡)内
追悼対象:朝鮮戦争の戦没将兵11万人
設立年:国立墓地は1955年に国軍墓地として創設、1965年に国立墓地と改称
管理者:国
施設等: 国立墓地の正面中央に高さ30m の花崗岩の顕忠塔、その下に全戦残者の名前を刻んだ銅板がおさめられている。前に拝殿及び顕忠門
碑文:拝殿正面台座に「ここは民族の霊魂がたちこめた場所である。祖国と共に永遠に歩
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» 公約? 靖国参拝 from 私生活を綴る
小泉さんの靖国参拝、 彼は個人の自由だとか言っていた。 [続きを読む]
トラックバック時刻: 2006年08月18日 14:16
コメント
>違憲訴訟法を整備して司法が「具体的な事件がなくとも違憲審査」をできるようにする必要を感じます。
民主党は具体的には何もしてませんね。
対案を出さずに、ただ民営化反対を唱え続けて来たのと、なんら変わりが無い。
結局、民主党は、TOPをすげかえただけで、何処にでもある抵抗勢力の一つのまま何も変わっていない。
いつになったら、民主党離れの原因に気付くのでしょうね。
投稿者 sqz : 2006年08月17日 23:09
民主党はなぜ韓国人、中国人の議員がいるのですか?
竹島の領有権問題、中国との尖閣諸島問題、北方領土問題
日本を守るべき議員なのに民主党にはそれに反する行動
それどころか日本を守ることを拒絶した議員もいます
日本の国旗を踏みつける議員
韓国人と共に国旗に火をつけ眺める議院
日本の地図を踏みつけ、中・韓ポスターを使う議員
拉致犯罪者の解放に力を入れた議員
拉致は明かに国際犯罪者です。共犯といっても過言ではない
どれをとっても日本の国益に反している
これは日本国民にとっての精神的テロ行為だと思っています
なりふり構わず議員を集めず
本当に日本を守る議員を選出してください
尚、この発言は某巨大掲示板に掲載されます
議員の意見、または反論をお待ちしております
投稿者 疑問符 : 2006年08月18日 05:09
8月15日の夜のNHKで麻生外務大臣が遺族が老齢化して
靖国神社が維持できのでというような話をしていましたが
遺族がいなくなるというのがヒッカカルんですよ
簡単に戦没者を抽象化してしまうのに
私も一応、戦没者の遺族(戦後生まれで、写真でしか知りませんが)なので、書き込みさせていただきます
うちの場合はビルマとフィリピンで、召集および徴集です。
靖国奉賛会で流布している靖国史観を阻止する方策が
藤末さんの案で欠けていると思うんですが
いくら国立追悼施設を作っても靖国神社に首相が参拝すれば
また同じこと繰り返しでしょう
そこで、
天皇家が靖国神社を接収(あるいは靖国側からの献上、返納)して皇居内に移設して参拝は遺族に限るとするという案のはどうでしょうか
首相も親族に戦没者がいれば個人として参拝できます
扱いは天皇稜のような形式とします
かなり、リスクはありますが
とにかく親族に戦没者もいないのに
ワーワー騒ぐのが理解できません
そんなことで騒ぐより自分の親族に戦没者がいれば
そこがどんな戦場だったか戦史でも調べろといいたいですね
ブログからいくつか遺族の声を拾ってみました。
極東ブログ 靖国参拝問題がわからない インパール
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/01/post_3.html
good2ndの日記 - 彼もそう言ったんだろうか 海軍
http://d.hatena.ne.jp/good2nd/20060725/1153832895
61年目の夏と靖国神社─靖国の母 南方海上
http://merman.blog.shinobi.jp/Entry/77/
靖国神社を説明すること 南方海上
http://masa_n.at.infoseek.co.jp/column/010811.htm
靖国神社のまつり ニューギニア
http://blog.goo.ne.jp/konoinochi_tsumugi/e/6b5f566e8657aea5973d4e64f83765f8
伯父へ
2006/7/28 戦犯処刑 シンガポール, 戦死
http://diary.jp.aol.com/applet/ksvpjdndw/20060728/archive
やすくにもんだい
2006/7/23 戦犯処刑 シンガポール, 戦死http://diary.jp.aol.com/applet/ksvpjdndw/20060723/archive
せかいがへいわでありますように。
2004/8/13 戦犯処刑 シンガポール, 戦死http://diary.jp.aol.com/rhsuu5czjjn/36.html
富田メモ、昭和天皇、靖国? 戦死, 戦死
http://iwasironokuni.cocolog-nifty.com/komiti/2006/07/post_af21.html
また靖国問題について サイパンhttp://blog.goo.ne.jp/toi92/e/d2eb409af3e14a34a0a10c61883e636a
靖国参拝・・・個人の自由(?) サイパン
http://blog.goo.ne.jp/toi92/e/27ebba27a3c6a9a42f992150ad0d0caa
私の八月十五日 我が家の戦没者
http://osan6.cocolog-nifty.com/palpunte/2006/08/post_d6fa.html
靖国神社
http://osan6.cocolog-nifty.com/palpunte/2006/04/post_269d.html
ヒロコです!そうだよ!そもそも 人間魚雷
http://onojo-kawakubo.seesaa.net/article/4182364.html
あなたに会ってみたかった 戦艦陸奥 呉?
http://hibijun.blog16.fc2.com/blog-entry-12.html
靖国神社へ
http://hisakazu.exblog.jp/1372583/
靖国問題、日本人の意識とA級戦犯
http://hisakazu.exblog.jp/1492822/
我が家の第二次世界大戦
http://hisakazu.exblog.jp/4137523/
靖国参拝とA級戦犯
http://danbo.at.webry.info/200505/article_22.html
kmizusawaの日記 戦争の話ついでに
http://d.hatena.ne.jp/kmizusawa/searchdiary?word=%cc%f7%b9%f1
「むかつくぜ!」http://d.hatena.ne.jp/chazuke/searchdiary?word=%a4%e0%a4%ab%a4%c4%a4%af%a4%bc%a1%aa%a1%d7
投稿者 msx : 2006年08月23日 04:11
先生、いつも拝読してますが、初コメ(初めてのコメント)です。
先生は、「無名戦士の墓」を中心に調べてらっしゃいますが、先生の考える「国立の追悼施設」も、このようなものなのでしょうか?
「無名戦士の墓」には、有名戦士というか、名前のわかってる兵士は入れませんが、今の靖国神社の兵士たちは、それでは、どこへ行くのでしょう?
DNA鑑定の技術とかで、今後は、「無名戦士」は現れないかと思うのですが。
投稿者 安藤奈津雄 : 2006年08月23日 08:54
最高裁が行政の行為に対して、違憲審査を控える傾向にあるのは、私も納得がいきません。これでは「憲法の番人」の名が泣きます。基本的には統治行為論によって、司法は判断せず、最終的には国民の選挙による判断に委ねられています。ですから、首相が違憲行為をしても国民がそれを追認してしまい、首相の所属する党を政権党に選べば、なんの制裁もできないということです。
ですが、靖国参拝に関しては、下級審とはいえ違憲だと判決文に書かれていて、その判決は確定しています。ですから民主党としては、靖国参拝をした首相を「違憲宰相」として弾劾し、このことを広く国民に知らせ、法治主義をまもるという観点から批判していく必要があると思います。
法治主義の感覚が自民党の政治家にないのなら、「改憲」してもまた憲法を無視し始めるでしょう。
戦没者追悼にはやはり無宗教で、日本人の死者はもちろん、日本の侵略戦争の被害者も追悼の対象とするような施設が必要でしょう。靖国神社は天皇のために死んだ「戦死者」しか祭っておらず、非戦闘員の死者は関係ありません。だから、「靖国神社が「戦没者」追悼の中心施設」な訳はありません。
靖国参拝は中韓の反対ということもありますが、もっと大きな問題を孕んでいます。靖国神社は遊就館の展示に見られるように、日本の侵略戦争を美化しようとしています。しかし、世界的には第二次世界大戦は、民主主義諸国と全体主義国家の戦いで、全体主義陣営はホロコースト、南京大虐殺などの悪行をおこない、結局世界の大半の支持をえた連合国(United Nations)に敗北したと理解されています。戦後、連合国が中心となって国際連合(United Nations)ができます。ですから日本の侵略戦争を美化することは、民主主義を否定するのみならず、国連(世界のほとんどの国)と歴史観を共有しないということなのです。これでは日本は国際社会で居場所が無くなるでしょう。
投稿者 バイシ : 2006年08月26日 16:36
>>sqzさん
ご指摘のとおり、憲法改正の議論の中で「憲法裁判所」を出すことも党として出すことを考えるべきだと思います。個人的には法律でやれると思いますが。
>>疑問符さん
ご指摘のようなイメージが民主党にあるのは非常にまずいと思います。
もっと、皆様にわかりやすいメッセージを出さなければなりません。自分なりにがんばります。
私は、国家の柱である、領土、国民、主権を守るため中央政府があると考えます。短期的な視野からの対応でなく、より長期的な視野からのアジア外交の確立をしていかなければなりません。私は経済連携協定などが大きな役割を果たすと考えています。
投稿者 藤末 : 2006年09月14日 00:01
>>msxさん
ご指摘のとおり、調べてみると他国は無名戦士の慰霊が多くなっています。
私の考える国立の追悼施設は、「戦死者(無名・有名とわず)のみならず一般戦争犠牲者も対象とする」と考えています。
靖国の問題は、憲法20条「政教分離」と「中韓の反発」の2面がありますが、議論が混ざっているような印象があります。私は、まず憲法20条の問題に対応すべきと考えています。
投稿者 藤末 : 2006年09月14日 00:03
>>バイシさん
的確なご意見をありがとうございます。
裁判所の統治行為論(行政判断に司法は判断をしない)は、わが国の報告を大きく誤らせ、戦前の軍の独走のような官僚の独走を生み出したと考えます。
私は、違憲審査を進める法律を作るか、憲法に明確に「憲法裁判所を定義」するかを行うべきと考えています。
歴史認識については、第3者を含め共通認識を作る必要があると考えます。私が中国に行って話しをしていて感じるのは、「中国政府は、故意に日本をおとしめる情報を流している」ことです。まず、これを辞めさせることが重要だと思っています。
投稿者 藤末 : 2006年09月14日 00:11







