インターン報告(秦 祐一郎)
[2007年09月10日] [日記] [コメント (1)] [トラックバック (0)]
藤末事務所インターン生の秦 祐一郎と申します。
私は先月、藤末さんとご一緒にカンボジア王国のODA実施現場の視察に同行させて頂きました。
今回はこのブログの場をお借りしまして、ODA現地視察のご報告をさせていただきます。
カンボジアという国はともすれば、1970年から20年間に渡って繰り広げられた内戦やポル・ポト派による虐殺などの影響で、いまだに治安が悪く貧困から脱け出していないと考えられがちです。実際にカンボジアでは1992年に内戦の停止、和平合意がなされたものの、農業用地の疲弊や高度な知識を持つ人材不足、道路、水道、電気等の基礎的インフラの未整備といった内戦による大きな後遺症をいまだに背負っています。
しかし今回伺ったカンボジア、特にプノンペン周辺では内戦からの経済復興が着実に進んでいる印象を強く受けました。道路は車とオートバイがひっきりなしに往来しており、また市内中央に位置する市場には食料品などを求めて鈴なりに人が集まるなど、プノンペンの街は人々の活気に満ち溢れています。
その一方で少し市外を離れると水道はおろか電気も通っておらず、都市部と農村部の環境の格差は大きなものがあります。同国はまだ経済発展が緒についたばかりであり、国連の経済的分類では最貧国に位置づけられるなど、まだまだ日本を初めとする先進国からの経済的な援助が必要な状況です。
日本は和平合意後の1992年からカンボジアに対して積極的な援助を行っており、一貫して同国における最大供与国の地位を占めています。現在でも道路建設、井戸建設等のインフラ整備や、教育などの人材開発事業を進めるとともに、工業団地の建設など経済の発達に主眼を置いた援助にも力を入れています。
以下には、日本のカンボジアに対する開発援助における特徴について、実際に現地のODA案件実施現場を訪問して得た情報を参考にしながら作成したレポートの全文を掲載いたしますので、もしよろしければご一読ください。
カンボジア王国における政府開発援助の現状
2007年9月
藤末健三事務所 秦 祐一郎
第1章:カンボジア王国の概要と抱える諸問題
カンボジア王国はインドシナ半島に位置し、国土は約18万平方キロと日本の約半分の国土を有している。国土は平野で水資源や緑に恵まれており、近年領海内での石油・天然ガスの採掘の可能性が指摘され、またボーキサイトの鉱山が存在するなど天然資源には非常に恵まれた国である。人口は2004年の同国計画省のデータによれば約1300万人であるが、特に15歳から64歳までの労働人口が全人口の43.9%、15歳以下の若年人口が全人口の57.6%と大部分を占めるなど潤沢な労働力を有し、国境を接するベトナム、ラオスと併せてそれぞれの頭文字を取った名称である「CLV」諸国の一員として今後の経済発展を見込まれている国の一つである。
同国は第二次世界大戦後、1953年に旧宗主国であったフランスから独立し、シハヌーク国王の指揮の下で行政組織の整備や基礎的なインフラの開発を行い、1960年代には食糧自給を達成し、米やゴムの輸出を行うまでに至るなど確実に経済発展を遂げていた。しかしながら1960年代後半からベトナム戦争の余波を受け、以後同国は1991年のパリ平和協定の締結まで20年以上に渡り内戦状態が継続することとなる。
内戦により国土には地雷が埋設され、架橋などのインフラ設備が破壊されるなどカンボジアの国土は荒廃の一途をたどった。特に75年4月~79年1月まで同国を支配したポル・ポト政権は資本主義の廃絶を目指し、教師などの知識層や留学生、商業に携わる人間などを徹底的に虐殺した。ポル・ポト政権終了時には、全人口650万人のうち大卒以上の学歴を持つ人間は100人にも満たなかったという。またポル・ポトは銀行や学校を閉鎖するなどして、多くの国家機関や制度が破壊された。この内戦により同国は経済発展に必要なものをほとんど失うこととなった。タイ、ベトナムなどの隣国が着実に経済発展を遂げる中に取り残されたカンボジアは世界の中でも最貧国に位置づけられ、大きな重荷を背負っての戦後復興、経済発展を目指すことになる。
内戦終結後、先進国の経済的な支援を受けながらカンボジアは徐々にではあるが経済発展を遂げている。実質GDPは1994年から2006年まで平均で約8%のペースで成長を維持し、貿易額も2006年には前年比27.5%増の35億ドルに達した。また、海外からの直接投資も投資法の施行や経済特区の設置により4.7億ドルに達している。このように着実な成長を続けるカンボジアではあるが、まだ年間1人当たりのGDPが441ドル(2006年)という最貧国の一つであり、いまだに貧困ラインを下回る生活を送っている人が人口の約35%を占め、その貧困層のうち90%は農村部に住んでいることなど、今後さらなる発展のためにはまだ解決すべき問題が山積している。
特にカンボジアが抱える開発問題の中で大きなウェイトを占めるのが「統治能力(governability)」の問題である。カンボジアにおいては現在でも民法、刑法といった国の基幹となる法律が制定されていない。さらに裁判官も全国にわずか117名しか存在せず(2004年、世界銀行調べ)、十分な司法体制になっていない状況にある。またカンボジアでは国家歳入のほとんどを輸出入時の関税に依存しており、所得税や法人税などの直接税の収入は全体の1割程度にとどまっている。さらに、国家予算の約半分を海外からの援助に依存しており、財政基盤は非常に脆弱なものになっている。この結果、一般公務員の平均給与は約33ドルとなっており、同地域の民間企業との給与レベルとは大きな格差がある。このことから能力がある若者もこれらの職業を敬遠しがちであり、また賄賂等の汚職も横行している状況にある。余談だが、省庁に勤める国家公務員の中にさえ、出勤簿に名前を書くや否やバイクタクシーの運転手の仕事に出かけるものもいるという。法の支配と行政の透明性が確保されていないことから、海外からの投資が十分に呼び込めず、特に日本企業が同国への進出を見合わせている要因となっている。
また、現在主力となっている縫製産業以外の産業の国際競争力の向上も欠かせない。カンボジアでは安い労働力を活かした、外資による労働集約的な縫製産業の誘致を積極的に進めてきた。1994年に投資法が制定され、さらに1997年にはアメリカから最恵国待遇を受け一般特恵関税制度の割り当てが適用されたことから、アメリカへの輸出をにらんで華僑を中心とする外資が多数流入した。輸出が本格化した。2006年度でも縫製品の輸出額は全体の70%を占め、そのうちの半数はアメリカへの輸出である。しかしながらWTOの取り決めにより2004年に輸出割り当て枠が全廃され、縫製産業は他国との国際競争に晒されることになった。カンボジアの縫製産業は原材料のすべてを輸入に頼っており、また規模、生産性も優れているとは言えないため、成長の鈍化が懸念されている。また、縫製産業に関わる国民は一部であり、国民の77.1%は農業に従事している。一方で農業がGDPに占める割合は26%にとどまり、農業従事者の所得は他産業従事者より低い水準にあり、うち40.5%は貧困層である。さらに先に述べたように貧困層の90.5%は農村に住んでいる。このように新たな経済基盤の確立、都市と地方の格差縮小、貧困削減の観点から重要視されている農業であるが、各農家の規模が小さく、さらに稲作技術が未熟なために生産性が低く、地方道路が整備されていないために市場へのアクセスが悪く、また流通制度ができていないために価格が不当に高くなるといった問題を抱えている。さらに、土地の登記をしている農民は全体の10%たらずであり、輸出承認を得るために賄賂が必要であるなど政府の対処が必要な状況となっている。自給のための農業から輸出のための農業にシフトすることが、カンボジアにとっての今後の課題である。
カンボジア政府はこれらの状況を打破するために2004年にフン・セン首相の肝いりで「四辺形戦略」と呼ばれる経済戦略を策定した。この計画は経済成長のために、まず汚職の撲滅、司法の整備、行財政改革、軍事縮小など政府の統治能力を構築したうえで、さらに農業の強化、インフラの復興と建設、海外からの直接投資の呼び込みと雇用創出、人材開発を目指すものである。また2006年にはこの戦略を実現するために、2010年までの国家戦略開発計画が閣議承認されたが、計画の実行はまだ緒についた段階である。
第2章:対カンボジアODA
このように経済発展に向けて大きな課題をもつカンボジアであるが、日本は他国に比べて早い時期からカンボジアに関心をよせ積極的に支援を行ってきた。1989年には第1回パリ和平会議において特に難民帰還と復興問題で中心的な役割を果たし、1992年にはカンボジア政府と援助国の復興支援強調のための「カンボジア復興閣僚会合」を東京で開催し、PKO派遣を初めて実施するなどカンボジア支援の筆頭に立ってきた。ODAの援助額においても援助が本格化した1992年から2006年度まで一貫してトップドナー(最大援助国)の地位を占めるなど、現在でも日本は対カンボジア支援において大きな役割を果たしているということができる。また、カンボジアは日本の供与相手国においても常に10位以内に位置し、政府としても重点的に支援を行っている。
外務省は対カンボジア支援の理念として、毎年発刊している『ODAデータブック2006』の中で、援助を通じて「外交上重要な地域であるアジアの平和と安定に寄与」し、その中でも最貧国であるカンボジアへの支援によって「経済統合を推進するASEANにとっての阻害要因である地域内経済格差を解消」し「メコン地域開発や、長期的なASEAN全体の経済の強化に大きく貢献する」ことをあげている。また、そのために持続的な経済成長と貧困削減を目標とし、カンボジア政府の取り組みを支援することとしている。また特に持続的経済成長と安定した社会の実現」「社会的弱者支援」「環境保全、薬物対策など世界的課題への対処」を支援の重要分野としている。
以下では、カンボジアであまた実施されているODA案件の中でも、特に筆者が現地において実際に視察を行った道路建設、井戸建設のインフラ開発事業と、教育による人材開発事業を具体例として挙げ、カンボジアにおける経済支援の実情及び特徴を観察していくこととする。
2-1. 道路建設事業~国道1号線開発事業~
カンボジアにおいては、先に述べたように内戦によって多くの道路が破壊された。1960年代に日本が建設した、トンレサップ川を渡るチュルイ・チョンパー橋もクメール・ルージュによって橋桁が破壊され通行不能となるなど、内戦終結後には海外へつながる道路はことごとく分断されており、道路インフラは壊滅的な状況にあった。道路インフラの不備は工業、農業製品の輸出入に大きな支障をきたし、市民生活はもちろんのこと経済活動に大きな影響を持つ。日本はカンボジアの国内和平実現を受けて1994年にチュルイ・チョンパー橋を再建するなど、早くから道路整備に力をいれてきた。同橋がカンボジア政府によって「カンボジア・日本友好橋」と命名され、現地通貨である1000リエル札に描かれていることからも、カンボジア政府が道路インフラへの援助を歓迎していることが伺える。メコン地域では、タイ・カンボジア・ベトナムの3カ国をつなぐ道路を建設する「アジア回廊構想」が実現に移されているが、カンボジアの道路整備の遅れが同構想の実現のネックとなっている。事実カンボジアでは国の背骨とも言える国道一ケタ台の道路ですらいまだに整備の途中であり、これらの道路整備はカンボジア一国のみならず、輸出入の円滑化など地域全体の経済成長の鍵ともなっている。
国道1号線は、プノンペンを基点としてベトナムの商都ホーチミンへとつながる幹線道路である。日本は同道路改修事業のうちプノンペン~ネアックルン間の55kmを担当し、残りの区間はアジア開発銀行(ADB)等が担当している。1号線は現在プノンペンから55km地点であるネアックルンにおいてメコン川によって分断されており、フェリーによっての渡河を余儀なくされており、通行を妨げるボトルネックとなっている。同地点への架橋については小泉、安倍両首相とフンセン首相間で2回に渡り「第二メコン架橋」の建設について議論がなされており、すでに実現への動きが進んでいる。これにより運輸ルートの確保、ベトナムからの企業の進出が期待される。
国道1号線改修事業は日本企業である大林組が主に事業に取り組んでいる。現地で聞くところでは、事業を行うにあたり少数の日本人スタッフが中心となり、現地のスタッフを雇用し、6つのグループに分けて作業を行っているという。ODAにおいてはともすれば供与国でスタッフをすべて固めて事業の効率性のみを追求するようなケースも見られるが、その場合現地人に技術が十分に伝わらず、いざ必要な際に補修事業ができないといった問題が生じることとなる。しかし、このケースでは現地スタッフを積極的に雇用し、日本人と現地スタッフが協同で作業を行うことで技術の移転にも積極的に取り組んでいる。現に当初はヘルメット着用の義務も知らなかった現地スタッフが、作業を進める中で日本流の工事の方法を基本的な部分から体得しつつあるという。このように道路建設のようなハード面のみならず、現地スタッフへの技術移転のようなソフト面での支援をあわせて行うことは日本のODAの特長であり、日本のODA事業の好評価へとつながっている。
また国道1号線はメコン川とほぼ平行して走っており、雨季時には川から氾濫した水によって道路は冠水し、プノンペン周辺地域には越流被害がもたらされる。今回の改修事業ではその点に配慮し、メコン川氾濫の際には道路が堤防の役割を果たせるよう小高く設計されている。その際アスファルトの下の土砂を改良してからでないと十分な強度を保てないために、通常の場合よりもコストがかかるという。それに関して現地では現場周辺に土地を買って土砂をとり、その跡地を農業用の溜め池にするなど、積極的なコストカットも行われている。
同事業を行ううえで最大のネックになっているのは、幅員拡大に伴う住民の移転と生活保障の問題である。現地では道路際に住居や市場がぴったり密着しており、幅員を拡大すると必然的に住民は移転を強いられることとなる。その際に、カンボジア政府の統治能力の低さから住民に十分な代替住居や生活保障が行われないという事例がNGOから告発されている。道路開発によって得られる利益と比較した場合に生活環境にある程度の被害が生じる事は仕方がないとも言えるが、現地のJICAとしても彼らに代替の生活手段をいかに授与するかには気を遣っているという。実際に国道1号線の路幅拡張工事で家を失った人たちには、前住居と同規模かやや広いこぎれいな代替住宅が整備されている。あわせて井戸、共同トイレや病院を作るなど、住民の生活環境の質にも配慮がなされている。また代替住居の建設の際にも元の住居で使用した木材を利用するなど、ここでもコストカットへの取り組みを見ることができる。住民移転とその補償に関しては供与国とカンボジア政府の省庁間移転委員会で話し合いがなされ、その支出額は同委員会が試算し、支払いもカンボジア政府の予算からなされているが、住民への補償額は供与国からの要請によってまちまちであるという。中には先のNGOからの指摘のような開発被害の誹りを免れるために本来の市勢価格からかけ離れた費用の支出を指示する国もある。もし住民に十分な補償がなされないのであればこれは由々しきことであるが、ここでの一番の問題はカンボジア政府の行政の自立が侵害されていることである。本来は国家主権の観点から、カンボジア政府が決定した支出額に他国が注文をつけることは避けるべきであるが、現状においては供与国の言い分が優先されている状況にある。被援助国の自立のために行っている援助によって逆に自立の精神を奪うことにもなりかねないために、行政の未熟な国への援助においては、いかにして援助の質を保ちながら被援助国の自立を促すかは重要な問題である。現地JICAスタッフの話では、実感としてカンボジア政府に管理能力がないため供与国に伺いを立てるケースが多く、結果として他国の援助プロジェクトに比べ遂行に時間かかることが多いという。
2-2.井戸建設~プノンペン周辺村落給水事業~
カンボジアではプノンペン等の都市部では日本をはじめとする先進国の援助によって上水道が整備され飲み水が簡単に手に入れられる。しかし農村部になると安全な飲み水へのアクセスは難しくなる。カンボジア政府の農林開発省によれば、現在においても地方の給水率は40%程度に留まるという。その理由の筆頭としてはカンボジアの気候があげられる。カンボジアでは雨季と乾季の差が非常に激しく、雨季には川が慢性的に氾濫するほどの大雨が降るが、乾季になると雨は全く降らず、飲み水にすら困る状況になる。井戸が近くになく、安全な飲み水が確保できない人々は雨水を石甕に貯めたり、河川の水を用いて生活用水にあてているという。石甕にためられた水には病原菌が繁殖しやすく、それらの菌による病気は同国の乳幼児の死亡原因の筆頭に挙げられている。このように地方における水資源の確保は保健衛生や都市部との格差縮小の観点から、非常に重要な問題となっている。また、カンボジアの地層的特質も飲み水へのアクセスを一層困難なものにしている。カンボジアでは鉱物資源の影響により地下40mより浅い井戸からはヒ素が検出されるという。現にプノンペン郊外にユニセフが建設した浅井戸は、すでにヒ素汚染により使用が不可能になっていた。また浅井戸は大腸菌が繁殖しやすい上、水脈が枯れやすいという弱点をもっている。継続的に水を供給し、ヒ素汚染を防ぐには40m下の固い地盤を突き抜けて掘削しなければならず、機材面、技術面両面のコストがかかる結果となっている。浅井戸は現地価格で一本5万円程度で建設可能だが、深井戸になると深さ約100mで約300万円程度の費用を要する。NGOなどは費用の安い浅井戸を主として建設しているが、ODA無償資金協力では主に深井戸を建設している。
人口が比較的多いプノンペン市周辺の村落では、日本が井戸建設作業にあたっている。プノンペン市の周辺でも水環境は悪く、援助によって現在60ある周辺村落のうち50村落に深井戸が供給されている。先に述べたように井戸建設においては井戸の深度の決定によって価格及び建設方法が大きく異なるが、日本は深井戸方式を採って建設を進めている。JICAの現地スタッフによれば「深井戸を一個作るか、浅井戸をたくさん作るか。ただ、壊れやすい井戸を作る、というのは日本の先人達が築いてきた「ものづくり」の伝統を破壊する恐れがあると考えている。ならば日の丸の井戸が壊れず働いている方が日本という国のイメージアップにつながると考えている。また、浅井戸を巡回する人もいないから、壊れても素早い対応は取れない」ということが主な理由であるという。
プノンペン周辺の村落給水事業では深井戸建設にあたり、日本の業者が監督し、施工及び機材はタイの業者に加えカンボジアの現地スタッフを現場実習的に雇用しているという。現地スタッフに井戸建設の手法を学んでもらい、その後徐々にカンボジア人中心の作業が可能になるように技術の伝達を行っていくことで、建設費のコストカットが可能になるという。この事業においても日本のODAの特長である技術伝達が積極的に行われている。
実際に現地に建設された井戸は水の提供のみならず、現地住民のコミュニティーの中核として機能している。井戸の周りには人が絶えず、また自発的に土地を提供したり、井戸の周辺に屑篭を設置したりと、住民側からの積極的な取り組みも得られている。井戸には日の丸があしらわれており、実際に井戸の質もよいことから、日本に対しての好意的な感情も実際に現地の人から聞くことができた。カンボジア国民の貧困削減、保健衛生管理のためのほかにも、そのような意味において井戸が果たす役割は大きいように感じられる。
2-3. 人材開発~カンボジア日本人材開発センター~
カンボジアにおいては憲法によって小中学校で9年間の義務教育が規定されている。小学校への就学率は90%を超えるが、貧困や教育の重要性への理解不足からその修了率は53%足らずである。カンボジアの識字率は全体で69.4%と他の東南アジア諸国よりも低い水準となっており、特に人口の多い若年層への教育の普及は重要な問題となっている。さらに、小学校を卒業しても、学校や教師の絶対数が足りないこともあり、中学校への就学率は約25%、高等学校への就学率はわずか10%にも満たない。さらに、小学校を卒業してそのままタイやベトナムなど隣国に出稼ぎに行かされる子供も全体の2割程度存在するという。小学校の建設等はNGOなどによって積極的に支援がなされているが、高等教育になると、教師となる人材の確保や教育カリキュラムの整備等の問題から非政府アクターによる援助は難しくなる。内戦の影響で高等教育を受けた人材が非常に少ないカンボジアにおいては、大きな人口を抱える若年層への高等教育の普及は喫緊の課題であり、日本をはじめとする援助国も積極的に支援を行っている。
日本はプノンペン郊外にあるプノンペン大学の敷地内に「カンボジア・日本人材開発センター」を設置し、日本語教育に加え市場経済をビジネス面で支える人材の育成のために企業経営講座を設けてJICAが運営に当たっている。同センターには必要なネット環境や日本語の文献を集めた図書館が整備されている。2007年7月現在では約360人のカンボジア学生が利用中であり、年々利用者は拡大中であるという。
同センター長の中村三樹男氏によると、現在のカンボジアの高等教育で起こっている問題としては、高等教育を受けた人材を輩出してもその人材を活用することが出来ていないことであるという。事実として、同センターでも十分な日本語能力とビジネスの基礎を身につけた人材を輩出しても、カンボジアに進出している日本企業が非常に少ないために、多くの若者が能力を活かすことが出来ぬままにいるという。そのため、現地JICAでは日本語人材を活用出来るよう、日本企業の進出を図り工業団地を建設するなど積極的な誘致活動を行っているが、現在の商工会加入企業数は36社とまだまだ低い水準にあるという。企業への就職のほかにも同センターでは日本への留学生派遣事業も行っている。しかし、こちらも現在の留学生枠は年間で45人程度であり、JICA枠ではこれとは別に現在年間200人程度の公務員の留学を行っているというが、留学希望者数に対して十分な数にはなっていない。日本に興味を持つ少しでも多くの若い人材に実際に日本を体験してもらうことは、カンボジアとの二国間関係において非常に重要である。また、カンボジア政府も日本との交流の重要性を理解し、2007年に行われたフン・セン首相と安倍首相との会談では、今後5年間で1000名のカンボジア青少年を日本に招聘することが約束され、今後一層の人材交流が進むことが期待されている。
第3章 日本のカンボジアへの今後の関わり
カンボジアは内戦からの復興が一段落し、これから本格的な経済成長に向けて現在準備を進めている最中である。日本としても商業に必要な製品の運送路確保のために上に述べたような国道の整備や、海との接点が少ないカンボジアで唯一の商業用の港湾であるシハヌークビル港の拡張を進めるなど、同国の経済発展のための援助を進めている。また、カンボジア政府も経済特区(SEZ)の設置を進めるなど、企業の誘致活動を進めている。カンボジアでビジネスを行う場合、行政が未整備で国家の統治能力が高くないため、従来ではともすれば事業の許認可のために異なる10の省庁から許可を得る必要があるというが、経済特区ではそうした手続きの簡素化を図り、企業にとって好ましい環境の整備を行っている。カンボジアには若年層の人材が豊富であり、それらの人材をいかに労働力として有効に活用するかが今後の経済発展の鍵となっている。同国では華人社会の存在から、1990年代から中国企業の進出が盛んに行われている。また中国企業にとってはカンボジアから北へ向かう国道6号線が直接中国とつながっており輸送路が整備されていることと、カンボジア人労働力の相対的な賃金の安さも企業進出の大きな魅力となっている。
しかしながら、日本企業にとってはまだカンボジアにはメリットよりもデメリットが多く目立つという。確かに労働力は安く工業用地などの習得は容易とはいえ、都市から少し離れると電力事情も乏しく、また投資に係る法制度が未熟であり行政上の手続きが不透明であること、投資環境が整備されていないことがその主な理由である。
カンボジア政府としても、2007年6月に二国間で投資協定を署名するなど積極的に日本企業の誘致には熱心に動いている。同協定では日本に対して例外のない最恵国待遇や日本の投資家も自国民と同様に扱う原則内国民待遇を与え、また国と投資する企業間の契約保護の条項であるアンブレラ条項にも合意するなど、過去最高レベルの優遇内容となっている。タイ、ベトナムは日本と投資協定を結ぶことで、直接投資を招くことが出来たが、いままでカンボジアは経済的権益を日本に付与することができず、二国間の経済的関係が限定されたものにとどまっていた。日本はカンボジアに毎年1億ドル規模のODAを実施し、累計で1000億円の無償資金協力を行っている一方で、対日貿易は2006年で235億円と貿易総額の2%程度にとどまり、日本企業からの投資も外国全体からの投資全体の1%にも満たない。中国・韓国・アメリカが次々と進出を進めるなかで、日本からの投資の遅れが目立つ状況である。
カンボジアでは領海内に天然ガスや石油の存在が指摘されており、各国企業が試掘調査をすすめている。世界銀行の調査によれば、石油埋蔵量は少なくとも20億バレル、天然ガスは10億立方メートルにものぼると推測されている。また、同国には稀少鉱物であるボーキサイトの鉱山があるなど、天然資源に乏しい日本にとっては魅力的な環境がそろっている。シェブロンなどの国際企業の中にはカンボジアの安い労働力に注目し、同国に製造業プラントを建設しようとする動きがあり、またカンボジア政府側も石油やその試掘権を経済発展のシードマネーとして活用するために海外企業の進出を歓迎している。日本からはシェブロンと共同で三井石油が石油調査をすすめ、三菱商事がボーキサイトの探査にあたっているが、まだ本格的な動きには至っていない。
カンボジアは国連常任理事国入りや北朝鮮の拉致問題など日本の外交姿勢について全面的に支持の姿勢をとっており、また2007年6月の二国間の首脳会談では安倍首相が提案した気候変動に関する「美しい国50」を評価しカンボジアの積極的な協力を約束するなど、日本が外交戦略の中心としているアジアにおいても重要な親日国家である。財政規模の小さいカンボジアにとっては、日本にとっては少額の援助であってもとても大きなインパクトがある。我が国が早くから積極的に援助を行ってきたカンボジアはいまようやく経済成長のときを向かえ、またさらなる経済成長のために日本の力を必要としている。いままでの平和構築、人道支援的な無償資金援助から、これからは道路、電力などのインフラ整備支援や人材育成、法整備支援へとシフトし、日本企業がカンボジアへの直接投資を行いやすい環境を整備していくことが肝要である。潤沢な労働力の活用と豊富な天然資源の確保は必ずや日本にとってプラスに働くはずである。ODAは「情けは人のためならず」であり、ようやく日本の援助によって環境が整ったカンボジアという国を、外交面でも経済活動の面でもいかに積極的に「活用」するかを官民一体となって考えていく必要があるだろう。
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コメント
秦様
お世話になります。
カンボジアODA現地視察報告読ませて頂きました。
あの1日だけの視察でこれだけの報告書が書けるとは、正直、驚いております。視察の内容も私たちの説明にさらに定量的な数字も記述されており、わかりやすく、私も勉強になりました。感謝申し上げます。
カンボジア大使館 星倉
投稿者 星倉淳一 : 2007年09月12日 17:53







