教育の格差こそ問題
[2007年10月08日] [教育 | 日記] [コメント (3)] [トラックバック (0)]
主婦のグループと話をさせていただく機会を頂きました。
一番感じたのは、「教育にお金がかかるようになってきた」ということへの問題意識です。
私自身、九州の公立小中高に行き、塾もほとんど行かず(中学のときにYMCAにちょっと通っただけ)で大学に入りました。大学でも奨学金二ついただき、熊本県人の学生寮に入れていただきましたので、正直、あまり教育費はかけてもらっていません。
でも、公立の教育だけでも、がんばればなんとかなる、というのを地で行っていると思います。
丁度、昨日のNHKの「視点・論点」で御茶の水女子大学教授の耳塚寛明教授が
学校外教育費支出別に、算数学力の平均値を見ると
学校外教育費支出が
○月1万円未満だと平均点は44点、
○1から3万円は50点、
○3から5万円は66点、
○5万円以上だと78点
と、学校外教育にお金をかけるほど、子どもの学力が高まるという傾向。
家の所得が
○700万円未満だと学力平均値は40点前後
○年収1000万円以上だと65点を超え。
家計水準が高い家庭の子どもほど高学力であることが、はっきりわかります。
と所得が高いほど、子供の成績がいいとのデータを示されていました。
私もこのデータには感覚的に同意します。私が東大で教えていた三年前、6割の学生が中高一貫の私立出身でした。やはり教育費の余裕がないと私立中高には通えないでしょう。
このまま、お金がある家の子供だけが高い教育を受けることができるようになれば、「がんばれば報われる」という、社会の活気の源泉がなくなるのではないかと危惧します。
公教育を再生し、学校での勉強をきちんとやれば、きちんと認められるようにしなければなりません。
私は、裕福な家庭に育ち、中高・大学と私立出身の首相(小泉首相は公立高校出身)が続いていることにも、一因にあるのではないかと思います。
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コメント
教育、医療、介護、年金、生活保護と、国民生活の向上のために予算の増額が必要な分野がたくさんあります。そうなると、すぐに財源問題が論点となります。財源問題というと、すぐに消費税増税の論議をしなければ、責任ある議論ではないというように世論誘導をする政治評論家や経済学者やテレビ番組の司会者が、うようよといます。しかし、官僚による国富の無駄遣いや横領などの不適切な支出を無くして行けば、十分な財源は増税なしに出来る可能性が高いと思います。官僚による無駄遣いは、国富の中でその使い方の実態や流出先が不透明なものの中に多く潜んでいるはずです。まずは、国富の流れの不透明度を表現する指標を定義し、その指標を用いて議論することが大切だと思います。国富の流れを示す図表を民主党で作成し、誰でもアクセスでき、不透明な流れや、無駄な流れがどのあたりにあるかが誰にでもわかるように、図表をWebサイトに常に掲げながら、議論を進めていっていただきたいと思います。
追伸: 参議院の各会議場に巨大な液晶表示パネルを設置して、国会での議論に図表を用いた具体的な議論ができるような改革をすることも必要と思います。
投稿者 久野 : 2007年10月09日 06:55
私は塾講師を小さい塾で4年間やり、中高一貫ではなく自分の学力にあった高校を目指すという普通の生徒を教えていたため、逆に直感的にものすごく違和感を感じます。
教育費にお金をかければ学力が上がるというのは事実でしょうが、所得はそれとは関係ないと思います。
端的に言えば、パチンコなど自分の遊興費で金を使ってしまう親たちの平均年収を調べれば一目瞭然です。
要は親の意識の問題です。低所得になればなるほど子供に向けるという気を持つ方が減ると言うだけの話です。
お金を出す親は所得に関係なく出します。ここは絶対に誤解しないで頂きたいと思います。低所得であろうと子供の将来を考える親は金を出します。
真面目な親はお金はなくとも少しでも子供のためにと思うのです。
効率という意味でも我が埼玉県のトップの公立校浦和高校はそれなりに東大合格者を出しておりますし、都内でも日比谷をはじめ実力校もあります。
データはあくまでもデータです。読み方によっていかようにもなります。なぜ「算数」で彼がデータを出したかと言いますと、金が最も数字に出やすい教科だからです。逆に国語は想像力という金が数字にしづらい教科ですから多分こうはならないでしょう。
もっと申し上げます。
東大の「合格者数」ではなく「合格率」(合格者/在籍者数)で調べてみて下さい。特に現役と浪人を分けて。
そうすると面白いデータが出るものです。
そして東大合格しないと社会で活躍できないのでしょうか?そんなことはないはずです。
そういった意味で、奨学金制度が一番有効だとやはり思います。それも、親に一切お金が渡らない制度です。
投稿者 ハーデス : 2007年10月10日 00:23
>藤末様
思うんですけど、一旦教育投資で格差がついてしまうとそれを減らすという動機は相当の大転換が無い限り起こり得ないんじゃないですか?例え公教育を再建したとしても、場合によっては公教育+αで差がついてしまうってことにもなり兼ねないでしょうし。「裕福な家庭に育ち、中高・大学と私立出身の首相が続いている」のが一因と言われても何の説得力も無い気がします。大昔は帝大出しか首相がいなくて(私学出身が首相になったのは石橋湛山が初めて)、現在と比しても平等だったとは到底信じ難いのですが。
>ハーデス氏
親の意識の問題に簡単に帰してしまうのは如何なものですかね?教育投資にかけてもリターンが少ないと言うのなら、他の方に支出するって動機が起こるのは自然な成り行きなのですが。「年収300万円時代の何タラ」って書いてる森永某にしても、無理して教育投資をかける必要性は無いなんて言っていますし。
公立トップが相応の成績を残しているのは認めますよ。ですが、それは公立校が一種の私立校になってしまっているってことの裏返しじゃないですか?(東大がそうであるように)いくら国公立だからって、其処に入るために多額の教育投資をしている層が有利になっている訳で、それで却って公教育が歪められている事実があるのですよ。
奨学金制度にしても、現在の様に私学が文科省と持ちつ持たれつで、時に研究費や運営の不正が問題になるって現状では簡単に首肯出来ません。むしろ学校運営の適正化の保障と適切な学費に抑えるための規制と補助策を優先させるべきでしょう。
投稿者 杉山真大 : 2007年11月13日 20:03







