教科書検定について
[2007年10月10日] [日記] [コメント (3)] [トラックバック (0)]
連日、会議、会議で一日が終わっています。
テロ特措法、宇宙基本法、クレジット法案など関係する会議に出ていると一日が終わるという感じです。
さて、今日は「集団自決の軍令を削除するとの教科書検定」についての勉強会に参加しました。
沖縄の方々の怒り、そして教科書検定制度自体の問題を教えていただきました。
私は、教科書の国の検定の必要性はあるとは思いますが、全く密室で議論され、結論だけが伝えられることが問題だと考えます。
教科書は非常に重要です。特に歴史は、国の位置づけまで規定するものですから、きちんと公開された検討を行うべきだと考えます。
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コメント
民主主義の原理から見て、官僚が国民の価値観をコントロールするような教科書検定は、おかしくないですか?
投稿者 久野 : 2007年10月10日 20:25
恐縮ですが、藤末さんのご提言は不適切かと思います
私は史学専攻なので歴史という学問に対する誤解が今回の騒動を助長していると思います。
まず、現場から見てみますと、地域にもよりますが、第二次世界大戦の惨禍を詳細に歴史で教えられる機会はほとんどないのではないか・・あるとしたらかなり偏っていると思います。
むしろ、「憲法」(9条)との関係で「公民」「現代社会」という分野で学ぶというのが実態でしょう。これは私の学生時代もそうでしたし、その数年後の塾講師時代もそうでした。
なぜかと言いますと、太平洋戦争末期だけ見ても歴史の流れがわからず、最低でも関東軍の満州での暴走から流れを追って入らないとなぜ戦争に突入したのか理解できないからです。
歴史学は「大変な惨事が起きた、だから繰り返してはいけない」ではなく、「なぜその惨事に至ったのか」を政治、経済その他多角的な面から考える学問です。
歴史の反省とは、軍部大臣現役武官制復活が致命的だった、など、「大きな流れの中での反省」・・そういう部分なのです。
さて、ですから今回の件で言えば、歴史学的には史料重視になります。集団自決の軍令が戦時年金のためなどの説や沖縄ノートの疑わしい部分が出てきている以上、表現を弱めるのはむしろ当然・・になります。
本来的には両論併記でしょう(「・という説もある」)。
しかし、多分併記の方が沖縄の方にはきつく感じると思います。
逆に政治的な動きや国民運動などで歴史の教科書が書き換えられるとしたら、それは戦前の皇国史観の反省が全くなされていないことになります。
国民やマスコミ、政治家の歴史への理解度が高ければともかく、現状ではオープンにすると政治的な議論や感情的な議論になってめちゃくちゃになるでしょう。それこそが戦前(皇国史観)の反省ではないのでしょうか。
密室批判や官僚批判以前にそもそも批判者は歴史学という学問がわかっていないのですからそこがまず問題です。何でもオープンにすればいいというものではありません。
例えば隣の国のように「独島は我が領土」「東海が正しい」などのねつ造された歴史を民意だから教えるべき、というのなら別ですが・・。
投稿者 ハーデス : 2007年10月12日 01:37
沖縄集団自決冤罪訴訟の内容とか見てますか?
ttp://blog.zaq.ne.jp/osjes/
沖縄県集会11万が嘘だったとか知ってますか?
教科書検定制度に問題はあるかもしれませんが、沖縄の怒りはどうでしょう。軍令削除は妥当だと思うのですが。
投稿者 名無し : 2007年10月14日 00:23







