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「日本の笑顔を作りたい!」 ふじすえ健三は、東京大学助教授を辞して、国会から日本の笑顔を作ります。
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戦前の二大政党のスキャンダル合戦

[2007年10月27日] [日記 | 政治] [コメント (4)] [トラックバック (0)]

昨日、会合でお話をさせていただいた方に「自民党と民主党がスキャンダルの暴きあいをしないか心配だ」と指摘いただきました。

戦前に普通選挙により大正デモクラシーが確立され、立憲政友会と憲政会の二大政党による政権交代が形式的にでも確立されました。

その時に、政党は、政策で戦うのではなく、互いにスキャンダルを暴きあい、相手の揚げ足を取りをやったのです。
例えば、大正15 年、松島遊郭移転疑獄で、憲政会の若槻礼次郎首相が警察の取り調べを受けると、
翌月、政友会の田中義一総裁が陸軍の機密費を横領したという疑惑が指摘されました。その後もお互いにスキャンダル暴きが続き、国民は政党政治そのものに嫌気がさしてしまい、軍部・官僚にその信頼が移っていったのです。

この話をしていただいた方は、「このままだと戦前のように政治が信頼を失い国がおかしな方向に進む可能性もある」といったことを仰っていました。

正直なところ、私も互いの揚げ足取りに進みつつあるように感じています。
ただ、なぜそうなるかというと、まともな政策議論はマスコミに取り上げられず、上げ足取りの方がマスコミに取り上げられることが一因だと思います。
もしかしたら戦前も効率的な方策としてスキャンダル暴露をやりあったのではないでしょうか?

もっと国会の政策の議論が有権者に伝わるような仕組みを作らないといけません。
インターネットが一つのカギだとは思うのですが!

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コメント

 政策議論していないからです。

 政策議論とは追及ではなく、「具体的なマンパワー」や「実現性」を軸に対案を出していくことを言います。
 特に民主党の「対案」に欠けているのは、マンパワーと実現への道筋(法律で言えば、最低限政令レベルの内容、政治で言えば利害関係者への説得方法など)です。

 これではまともな政策議論になるはずもありません。
 藤末さんもいろいろ問題提起されていますが、正直つまみ食いの印象が強く、体系的な政策の整理をされていないように思えます。

 「論客が民主党は多い」そのとおりです。
 しかしその「論」の実現に向けた実務家が民主党には皆無なのではないでしょうか。

 さらにいえば、例えば、長妻君がやっていることはそれの対極であり、代表質問でデータの要求などをやったそうで、それを小沢党首も容認しているということでしょう。

 正直、揚げ足取りはマスコミではなく民主党の問題だと私は思います。
 「評論家」ではなく「政治家」が欠けていると思います。

投稿者 ハーデス : 2007年10月28日 03:10

私も10年ほど前に、同じようなことを考え、解決策として「政治公約券制度」というアイデアを得たことがあります。
詳しくは、下記リンク先を参照ください。
http://members.tripod.com/atsushi_hisano/koyaku.htm

政治公約券制度の背景説明を下記に記述します。
【背景説明】
官僚の腐敗が深刻である。彼らを指導・監督すべき国会議員(政治家)にもたびたび汚職が発生している。官僚による民間企業に対する規制を個別に一時的に緩和したり、公共事業の発注に影響力を行使しては政治家は政治資金を企業や団体から得ている。政治資金の公的助成制度が存在してもなお、企業・団体からの献金がなくならない。共産党や社会民主党は、企業・団体献金を禁止すべきであると主張している。私はこの主張に賛成である。
その理由は「最大多数の最大幸福を実現する。多数決原理によって決定する。」という民主主義の大原則は、自然人を対象としているのであって、法人は対象としていないからである。民主主義において法人は政治に関与してはならないのである。このように言うと、法人も税金を納入している社会的存在であるので、政治に関与するための政治献金をすることは妥当であるという理論を主張する人がいる。しかし、法人とは自然人が集まって構成したグループに疑似的・便宜的に法的人格を与えたものである。したがって、法人の政治参加を許すと、多数の法人を経営する者や大きな法人を経営する者に大きな政治的な発
言力を与えることとなり、最大多数の最大幸福や多数決原理をねじ曲げる事となる。

したがって、法人である企業や団体の政治献金は禁止すべきである。

企業団体献金を禁止して、政治家の政治活動資金はどのように調達するのかという問題が残る。その答えの1つが、政治資金の公的助成制度である。この公的助成制度には、既存の政党でないと助成を受けられない、政治資金の分配が政党幹部に任せられるので、政党内での政治家の自由が減少するという欠点がある。

そこで、政治資金の公的助成制度に替わるものとして、政治公約券制度というものを提案する。

投稿者 久野 : 2007年10月28日 05:50

少し突っ込ませて宜しいでしょうか?

>戦前に普通選挙により大正デモクラシーが確立され、立憲政友会と憲政会の二大政党による政権交代が形式的にでも確立されました。
>その時に、政党は、政策で戦うのではなく、互いにスキャンダルを暴きあい、相手の揚げ足を取りをやったのです。

そうですか?戦前日本で政策論争が皆無だったとするのは、早計に過ぎるかと思いますが。外交政策に於ける強硬策と協調策・金融経済政策に於ける積極財政と緊縮財政・農村振興と都市重視・・・・・現在でも政策論争のネタになる程度の対立軸は確かにありました。

問題は、そういう対立軸にしても政策論争にしても結果として利権誘導が絡んだ争いや権益の取り合いにしかならなかったということに尽きるでしょう。だって、どちらにしても目指す社会の構想は殆ど変わりが無いのですから。幾ら表面上は政策論争の形を取ってみても、目標が同じだから詰まるところは何処に予算を割いて誰にポストを与えて誰に利権を与えて・・・・・・・ってことにしかならない。そうなると揚げ足取りやスキャンダル暴きでも走って少しでも世論を自陣に有利にしようって動機が働くのは当然の帰結です。

で、現状の自民党・民主党の差も戦前の政友会・民政党の差と如何程の違いがあるのでしょうかね?民主党で立候補したり候補者の公募に名乗りを挙げた面子が自民党から議員になったりするし、逆に自民党の有力議員が民主党の公認を得たり・・・・・これじゃ何も事態が変わってないって思うのですけどね。政策が同じと見るや仲良く会合や勉強会に出たりもする、政治献金も仲良く受け取る・・・・・何処に変化があったのでしょうか?

>その後もお互いにスキャンダル暴きが続き、国民は政党政治そのものに嫌気がさしてしまい、軍部・官僚にその信頼が移っていったのです。
>この話をしていただいた方は、「このままだと戦前のように政治が信頼を失い国がおかしな方向に進む可能性もある」といったことを仰っていました。

そう言えば、福田政権が誕生した時に元官僚の福島伸亨氏が寄稿してましたが、エリートの傲慢極まりない発言でしたなぁ。これが「市民が主役」の原点で結党した政党の公認を得ていたのだから、何を況やです。二世政治家の代わりに財界や官界のエリートが全て取り仕切れば巧くいくって・・・・・冗談じゃない。だから特権も免責も認めろってか!?

>ただ、なぜそうなるかというと、まともな政策議論はマスコミに取り上げられず、上げ足取りの方がマスコミに取り上げられることが一因だと思います。もしかしたら戦前も効率的な方策としてスキャンダル暴露をやりあったのではないでしょうか?
>もっと国会の政策の議論が有権者に伝わるような仕組みを作らないといけません。インターネットが一つのカギだとは思うのですが!

マスコミの問題で言うなら政治家との繋がりの濃さって問題も大きいんじゃないかと。戦前のマスコミは支持政党によって分かれてたって側面もありますし、今でも政策の立案に関わったり、時には密使やエージェントの役割をマスコミの中の人が果たすってことも変わりが無いのでは?
インターネットにしても自分は懐疑的ですね。確かに巧くいけば実りのある議論や改善もなし得るかも知れませんが、殊に匿名での交流が主な中では却ってマスコミ以上の揚げ足取りになり兼ねない気もします。この辺りはもう少し考慮すべき課題なのかも知れませんけど。

投稿者 杉山真大 : 2007年11月03日 21:58

>ハーデス氏
恐らく自分のコメントがまだ反映されていないのかも知れませんけど、「『具体的なマンパワー』や『実現性』を軸に対案を出していく」というのであるなら、戦前の保守二大政党制でも充分なくらいありました。経済政策に於ける緊縮財政と積極財政は言うまでもないし、外交政策も然り。世界恐慌下で且つ治安維持法で思想統制が行われていたという限られた条件にしては、政策論争は行われていたと言っても過言ではありませんよ。

問題は、その「『具体的なマンパワー』や『実現性』」の違いを論争しても目指す目標や背景の社会観に違いが無く(思想統制があったんじゃ仕方ないかも知れませんけど)、結局のところ「『具体的なマンパワー』や『実現性』」を何処へ振り向けていくかの利益誘導になっちゃったことなんです。まともな政策論争がなされていれば利権誘導にならないなんてことはなく、そればかりか厳密に両者を分かつことは出来ないんですよ。どんな政策でも利権は存在するし、余程の社会観の相違でも無い限り「揚げ足取り」は避けられないのです。

投稿者 杉山真大 : 2007年11月23日 20:21

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