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ブログ

52歳の誕生日に「自分が死ぬ夢」を見ました

今日は、52歳の誕生日です。
メールやSNSでのお祝いのメッセージを頂き、本当にありがとうございます。


この一年間、生きること、生かしてもらうこと、が無事にできたことに感謝します。
しかしながら、感謝と同時に、また一年、生きる時間を失ったとの悲しみもあります。

今朝、「自分が死ぬ夢」を見ました。
夢のなかで、死にゆく私は、必死に「見送る子どもたちに笑顔を見せよう」と頑張っているのです。
子どもたちが悲しまないようにと。

誕生日に自分が死ぬ夢を見るとは不吉だと思いましたが、おそらく潜在的に「誕生日=死に近づく」と意識しているのだと思いました。

この52年間、無事に生きれ、色々なものに生かしてもらったこと=過去
これから死に向かっていく生きていくこと=未来
今、生きて、生かされていること=現在
過去には「感謝」
未来には「希望」そして「死」
そして
現在には「生命:生きている自分」

兎に角、誕生日に「今を生きる」を誓いました。
本当にみなさん、ありがとうございます。

クローズアップ現代『がんを"生ききる"~残された時間 どう選択~』で澤昭裕氏のガン末期の活動が放映されました。

2016年2月9日(火)に放映されたNHK「クローズアップ現代」の『がんを“生ききる”~残された時間 どう選択~』に先日肝臓がんで亡くなった通商産業省の先輩である澤昭裕氏の末期での活動が紹介されていました。

番組では、最後まで論文原稿を書かれていたことが強調されていました。私は、論文原稿以外にも家族などに多くの思いを残されたと推測しました。

また、ガン末期であることを知った後に、ご婦人と新婚時代に留学したプリンストン大学をご旅行されたことや、頭を働かすため、効果の弱い薬を選択されたことなどを知りました。
私も死期を知れば、最高に楽しかった留学先のボストンを家族と再訪問するでしょうし、ただ長く生きるよりも明確な意識を優先するだろうと思いました。

また、最後の最後まで与えられた時間を使いぬくために、澤さんがどれだけの肉体的な痛みなどに耐えられたかも番組で初めて知りました。入院されている澤さんの姿を見て涙が流れました。


私たちも必ず死ぬ存在です。

澤さんが死を意識され、残された時間を最大限に生きられたことを知り、
私も、残された時間を最大限に生き、生かされるためにも、もっと『限られた時間:死』というものを認識しなければならないと思い直しました。

『memento mori』です。


また、番組内で奥様が「安らかに逝かれた」と仰ったのをお聴きして、安堵しました。

澤昭裕先輩のご冥福を心からお祈りします。

Political Philosophy でVery Good (A)を頂きました!21世紀の新しい政治哲学の必要性を感じました。

趣味で頑張っているオックスフォード大学のオンライン講義(哲学に集中)、4つめの単位をPolitical Philosophy(政治哲学)で取ることができました。
それもスコアがVery Good (A)でしたので非常に喜んでいます(おそらく上にExcellent(S)があると思われますが、私の英語力でAを取るのは並大抵の苦労ではないことをご理解ください)。

丁度、クリスマスに送って来たので、よいクリスマスプレゼントを頂けたと思います。


今回の講義は入門編なので、大きな政治哲学の流れを追う形でしたが、個人的な読書でなく教科書に沿って学ぶことにより、より体系的に理解できたと感じました。好きな本だけ読んでいるとすごく偏った著者だけの考えが刷り込まれかねないと痛感しました。(正直、サンデル教授など最近のはやりに流されていました。)

 

エッセイ(

PoliticalPhil_Kenzo Fujisue_assignment.pdf

)は、日頃から感じている「資本主義の限界」と「なぜ世界の人々が等しく豊かになれないか」という疑問を教科書の題材にそってまとめました。自分自身が常に持つ想いに対する評価をもらったと思われます。

 

「世界の全ての人々が平和に暮らす」
これは憲法の前文にも書かれていることですが、この理想を実現するための思考原理をつくるためには「一神教的な思考をベースとした哲学では難しい」と今回の講義を通じて考えました(より深い学びが必要ですが)。

 

PoliticalPhil_Kenzo Fujisue_assignment 2.png

やはり、「全てが一」であり、「一が全て」である。
汎神論というか、「宇宙は全て同じ」という思想が体系的に構築されなければならないと強く思いました。
素人哲学愛好家の考えなので、浅い考えだとは思いますが、「21世紀においては、全世界を救うような哲学の誕生」が待たれます。

オックスフォード大学 オンライン哲学講義で「Introduction to Philosophy」の単位を取りました。

趣味でこつこつ頑張っているオックスフォード大学のオンライン講座。
三つ目の単位を取ることができました。

残念ながら評価は「Good(B)」でした。

相当残念でした。

趣味とは言え、やはり「A」は欲しいものです。


折角なので、ここに書き上げたエッセイを掲載させてもらいます。


Definitions of God.png

IntroPhil_Kenzo Fujisue_assignment.pdf


デカルトやロックにおける「神」の定義とその課題を書きました。ちょっと背伸びしすぎたのかもしれません。

 

次は、政治哲学を取る予定です。いつになるかはわかりませんが、いつかオックスフォード大学で直接「哲学」を学ぶ日を夢見て、地道に積み重ねていきます。18課目まで単位が取れます。

 

悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る。

これは、第二次大戦前にドイツを追われアメリカに亡命した哲学者「ハンナ・アーレント」の著書「全体主義の起源」にある言葉です。

 

アーレントは、アメリカで終戦を迎え、そして、数百万人のユダヤ人を収容所に送ったアイヒマンの裁判の傍聴をします。そこで、アイヒマンが大悪人などではなく職務に忠実な凡人役人であることを知り、そのことを「悪の凡庸さ」という概念としました。


自分自身が思考停止にならないように常に戒めることが必要です。

級友からのアドバイス「まだ見ぬ人のために木を植えよ!その木の下で自分が休むことがなくとも」

MIT(マサチューセッツ工科大学)の旧き級友と食事をさせてもらいました。
その時、級友が「けんぞうを含め、みんなの将来像を聴いたが、全て自分人生の中でできることしか表明されていなかった。」
「自分の代で終わらない仕事、次世代が受け継ぐような夢がなかった」

と言われました。

すごいインパクトでした。確かに「アジア太平洋の国境をなくしたい」などほらを吹いていましたが、それを次世代に託すまでの思いがありませんでした。


ギリシャのことわざに
“A society grows great when old men plant trees whose shade they know they shall never sit in.” -Greek Proverb

 

A society grows great when old men plant trees whose shade they know they shall never sit in.jpg

 










出典:http://imgur.com/gallery/xtaW7WF

 

「年老いた人が自分が日陰で休むことがない木を植えるときに社会が発展する」
とあり、まさしく自分は政治家として、木を植えるという心構えがないと痛感しました。
このような気付きを与えてくれた友人に深く感謝です。

 

IMG_3190.JPG

 

 

 

 

 

 

 

誰が何人かわかりますか?

 

全く根拠はないですが、政治家にさせて頂いた時から、アジアをひとまとまりにしたいという思いがあります。
おそらく、これから30年くらいで形ができ、民主主義まで統合するには100年くらいかかるでしょう。
必ず未来の「日本だけでなく世界の子どもたち」のために木を植えます。

 

マサチューセッツ工科大学(MIT)の卒業20周年同窓会に参加!友人から得たものに感謝!

参議院本会議が終わり、金曜日の夜からボストンに飛び、現地時間の金曜日夜に到着し、そのままレセプションに参加し、そして現地時間の日曜日の朝に成田に向かって飛ぶと言うなかなか短い日程(実質40時間くらい)でした。

しかしながら、20年ぶりに同級生に会うことができ、また、20年前に住んでいた家に行くことができました(仕事で来ているときは自由時間がなく行けません)。

アメリカ人の同級生だけでなく、ノルウェー、トルコ、チリ、そして日本などからも50人いた同級生のうち20人近くが集まりました(ビジネススクールのMOT(技術経営)プログラムの同級生)。

20150606MOT.jpg

 

そして、各人が今までの20年、これからの20年を一人ずつ、4から5分で発表しあいました。


独立して会社を作っている同級生が多くて驚きました。アメリカ人の参加した同級生のほとんどが会社を創設したり、ベンチャーファンドを自分で立ち上げていました。

トルコ、ノルウェーから駆け付けた同級生も20年前に所属していた会社を辞めて会社を作っていました。

また、大学の教授になった同級生(チリの友人、私も途中までこの道を歩んでいました)、神父様になった同級生、政治家になった人(藤末のこと)もおり、この発表会はなかなか盛り上がりました。

私は、
MITで得たことを3つ伝えました。
1. 独立精神:MITに留学していなければ、そのまま役所(通産省)に残っていたと思います。自分自身が何をしたいのか、どうありたいのかを考えることを海外の多くの仲間から感じ、学びました。
2. 学問への興味:MITに留学させてもらうまでは、「学問=試験」でしたが、MITで学び、初めて学問が楽しく、それも人生の最高の楽しみであることを教えてもらいました。これは人生に大きなプラスでした。正直なところ「試験勉強のためだけの学問」で人生が終わっていたら、悲惨でした。
3. 世界にいてくれる友人:世界中に友人がいて、広い世界を知ることができる慶びです。

gifts from mot.JPG

 

また、「時間が最大の財産」と考えることを伝えました。
人類の歴史で最も長生きは「122歳」(正確な記録がある範囲で)
2014年の世界の平均寿命は、「約70歳」
「最大の資産家はビルゲイツの約800億ドル(10兆円超)、ひとつのカップルでもっとも子孫(子ども)を作ったのは69人。つまり、お金と子孫は個人差が大きいが、時間はほぼ平等に与えられている」との話をしました。

 

my truth.JPG

 

 

こうして世界中から仲間が集まり、話をしていると。
『世界は広く、色々な国で、色々な人がつながり、動いているのだ』なと当たり前のことを痛感しました。
世界中の大学で、国境を超え、人種を超えて、一緒に学び合うことがきれば、戦争を抑止する力になるだとう強く感じました。何とかして日本でもまずは近隣諸国との学生交流を進めます。

 

ちなみに、これからの私の計画は「3G計画」です。

108歳まで生きて、Grand、Grand、Grand Children(3G Children:玄孫)に合うという計画です。

兎に角、長生きします。

 

3g plan.JPG

 

 

映画「天才バカヴォン 蘇るフランダースの犬」 なかなか哲学的なアニメ映画

GWは、インドネシアでジョコ大統領に会い日インドネシアの交流促進を議論し、ニューヨークの国連本部の「核不拡散条約再検討会議」に参加し、その後、国会活動の合間に、三重や四国に出張と、丸一日休むことがなく活動を続けています。

そのような中で、丁度、時間が空きましたので、気分転換に映画を観に行きました。


観た映画は、気になっていました「天才バカヴォン 蘇るフランダースの犬」です。

妻や娘を誘いましたが、あえなく撃墜です。妻は私と同じ「赤塚不二夫」世代だと思っていましたが、やはり女性は赤塚マンガになじみが少ないのかもしれません。

私の世代は、「シェー」の格好をして写真を撮っていない男の子はいないのではないかと思うくらい、赤塚不二夫氏は大きな影響がありましたね。


さて、映画館に行くと

映画館は、私くらいの世代の赤塚不二夫世代の男性であふれているだろうと予想していましたが、なんと「お母さん連れの小学生」が多くてびっくりしました。もしかしたら、親から子どもに「バカボン」というか赤塚不二夫文化が伝わっているではないかと思いました。


映画の話をしますと「この映画はなかなか哲学的であるということです。


ネタバレをしてはいけませんが、

例えば、

「宇宙のすべてを計算し予測できるコンピュータ」の話が出ますが、これは哲学では「決定論:Deternamism」と呼ばれ、人間には自由意志はなく、全て決定されているという思想から生まれるものです。有名なものに数学者・思想家のラプラスが指摘した「ラプラスの悪魔(全ての自然法則を知り、初期値がわかればすべて予測できるという悪魔)」があります。

我々は自由意志はあって当たり前と思うかもしませんが、西洋特にイギリス哲学では現在でもなお大きな論点となっています。


そして、バカボンのパパの「これでいいのだ」思想。これはサルトルが有名ですが、「実存主義」ではないかと思うのです(無理ありますが)。実存主義は「普遍的・必然的な本質存在に相対する、個別的・偶然的な現実存在の優越を主張、もしくは優越となっている現実の世界を肯定してそれとのかかわりについて考察する思想である」とされています。「現実世界の肯定」=「これでいいのだ」とも捉えることができます。

 

また、映画の中で最後まで隠された「バカボンのパパ」の本名は?

確か、本名もそのまま「バカボンのパパ」だったと藤末は記憶しています。これは『バカボンのパパの両親が「バカボン、つまり孫の名前」までつけてしまう(命名する)』という構造になっています。もしかしたらバカボンのパパの父親は、「バカボンの爺ちゃん」という名前かもしれません。

この命名については、「Naming and Necessity:命名(名指し)と必要性」というクリプキという哲学者の思想を連想しました(これは猛烈に無理がありますが)。

クリプキは『アリストテレスという固有名を考えてみると、同一性の必然性からアリストテレスはアレキサンダー大王の教師であるという確定記述は真であるとは限らないが、アリストテレスがアリストテレスであることは必然的に真である。』としています。なんとなく映画に出てくる「バカボンのパパの息子であるバカボンの父親は、バカボンのパパである」と似ているのではないかと思いました。


私のような赤塚不二夫世代だけでなく、小学生のお子さんを持つ親子でも楽しめる映画だと思います。

オクスフォード大のオンライン講義で「Theory of Knowledge」の単位を取りました。

オクスフォード大のオンライン講義で「Theory of Knowledge」の単位(10クレジット)を取りました。

theory of knowledge oxford.png

 

折角なので、書いたレポート(エッセイ)を載せさせてもらいます。

年度末のバタバタの中で書きましたので、非常にスペルミスなどが多いのが欠点ですが、一応Very Good (B)を頂きました。

Kenzo Fujisue_assignment2.docx


前回、「Philosophy of Science」で10単位を取りましたので、これで20単位となります。
大学2年生までの180単位はオンラインでも修得可能です。
なんとか趣味として哲学系で180単位まで取ります。そして、日本とアジアの経済と社会の壁をなくし発展させるという夢を実現し、隠居したら、オクスフォード大で学びたいと思っております。

 

「Philosophy of Science」のエッセイもここに掲載させてもらいます。こちらはExcellent(A)をもらっています。

PhiloScience_KenzoFujisue_assignment 2.docx


日本人の履修者は少ないです。是非とも興味ある方は一緒に学びませんか!!

 

「うさぎと亀」からの教訓「一意専心」

誰もが知っている「うさぎと亀」の話は、
足の速いウサギが自分の力を過信したため、コツコツと歩き続けた亀に負けてしまう」という昔話です。
つまり、『努力に勝る天才なし』という教訓です。


ところが先日、知人から
別の教訓『ウサギは亀ばかり見ていた。亀はゴールだけを見ていた。』と教えてもらいました。
つまり、ウサギは競争相手ばかりを気にしたが、亀はウサギを気にせずゴールだけを見て、歩き続けたということです。
つまり「亀は一意専心」だったのです。

一意専心は、ことわざサイトことわざ学習塾の解説にこうあります。


『「意」は、自分の考えや、やりたいことなどの目的として決めたことで、 「心」は、感情のことを意味し、「専心」は、迷いを起こす原因となる怒り、妬み、おごりなどの感情を 起こさないで、無心になるという意味かと思います。自分の決めた目的の為に、余計なことを考えないで、 ただひたすら、そのことに心を集中する、という意味があるのではないかと思います。 「意を1つにして心をもっぱらにする」と読むようです。』


中国春秋時代の書「管子」から出ているようです。

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