インタビュー4

藤末健三へインタビュー
聞き手:クロスロード株式会社  代表取締役社長 辻口 寛一(インタビュー日:2009年12月10日)

政治家としての動き方を身に付けた後は、めざましい活躍を始める。それまでのバックグラウンドから外交と産業を得意分野としていたが、現在は福祉と環境、そして教育に思いが至っているという。ここ10年で諸外国の手本となるような社会構造を作り上げ、その後はその文化的共通点を明らかにしてアジアをひとつにするべく活動したいという。やはり氏にとっての幸せの原点は、あのハーバードでの幸せな瞬間にあるようだ。

―― それでは、政治家としての藤末さんのお考えを聞かせてください。

藤末:もともと政治家になってやりたかったことは外交と産業で、簡単にいうと「元気な国を作りたい」というものでした。しかし政治家になってから福祉と環境、そして教育に思いが至るようになりました。これらを組み合わせて今までの社会の枠組みを見直し、他の国にも参考となるようなモデルを作り上げたいですね。少子高齢化を乗り切り、環境問題に対応しながら、みんなが安心して暮らせる社会。経済的に豊かになることと、生活が豊かになることが、両方一致するような社会構造です。自民党の政策では、企業は豊かになっても生活が豊かにならず、また福祉だけをいくら充実させても生活は豊かになりません。海外の仕組みを鵜呑みにせず、日本の文化を大切にしながら福祉・環境・教育・産業・外交を組み立てるのです。そうしないと国民の皆さんは将来に希望が持てず、生活防衛ばかり意識して、縮こまるだけの社会になってしまいます。

 産業では、やはり貿易の振興は欠かせません。日本はどうしてもエネルギーと食糧を輸入に頼らざるを得ない現状があります。ただ、安易に貿易を増やすと海外の人件費との競争となり、賃金を押し下げる要因となりますので、貿易は高付加価値のものに注力し、少ない貿易量で暮らしていけるようにします。日本は現在エネルギーを20兆円、食糧を6兆円輸入していますが、それを15兆円位に下げるのです。そのためにエネルギーの使用効率を改善し、食糧自給率を引き上げて、内需を押し上げます。移民も人件費を下げるために受け入れるのではなく、優秀な人が日本で活躍したいと訪れるようにしなくてはなりません。そして日本にずっと住んでもらえるように、日本で子供を育てたいと思えるようにするのです。なんといっても、日本ほど清潔で安全な社会はありませんからね。

 外交では、安全保障の論議ばかりでなく、東アジア共同体を創ることによってアジアの国境を低くして、平和を創るということに注力しています。これは政治家としてだけでなく、一生かけて取り組みたいテーマですね。政治家になって様々な課題に取り組んでいますが、このテーマが一番自分にとってピッタリくる気がします。現在早稲田大学で国際関係論を研究していますが、政治家としての仕事を終えたらアジアの文化的な共通点を研究する国際機関を創りたいと考えています。アジアの宗教は多神教が多く西洋とは明らかに異なるもので、長い目でみた東洋哲学を研究するのです。私はもともと仏教哲学が好きなのですが、文化的な共通点が明らかになれば信頼関係がより構築できると思うのです。日本では西洋哲学を優先して教育していますが、その点も見直すべきかと思いますね。

 教育といえば、子供の教育の議論だけでなく、生涯教育についてもっと議論すべきですね。たとえば、大学はもっと学びたい人に対して門戸を広げるべきだと思います。その代わり、きちんと勉強しないと卒業できないようにするのです。私の母も72歳で大学に通っていますが、大人になってから改めて勉強したいという人に、学ぶ機会を提供してあげなくてはいけません。

 福祉についても、福祉国家というとすぐ国が手を差し伸べるようなモデルになりがちですが、国だけでなく人と人が支え合うハイブリッド型の社会を作りたいですね。とくに家族で支え合うことはとても大切です。例えば介護の問題などでも、なんでも国が面倒を見るという形にせず、自宅でお世話をされる場合は手当てを半分お出しするとか、二世帯住宅を建てる場合には容積率を緩和したり税率も安くしたりして、家族間で支え合うことを支援するようにするのです。家族間だけでなく地域の人同士が支え合うために、地域コミュニティなども活性化させるべきですし、会社もひとつのコミュニティとして人と人がつながって支え合う場として考えていくべきです。決して、アメリカ型の「個が分断された社会」ではなく、「個を大事にしながら、つながっている社会」を作るべきだと思うのです。

―― 藤末さんの経歴だけを見ると、理系で官僚、学者出身。アメリカナイズされたドライな人を想像する人もいるかもしれませんが、実際の藤末さんは感激屋で涙もろくて家族を大切にする、いいお父さんという感じですね。そこに藤末さんの原点があるのではないでしょうか?

藤末:私が育った長屋は六畳と四畳半しかなく、幼い頃は目が見えないおばあちゃんと一緒に寝ていました。おかげで私は今でも、おじいちゃんおばあちゃん方とお話しするのが大好きなのです。残念ながら私の両親は鹿児島に住んでいて一緒に暮らすことができませんが、三世代が一緒に住めば子供の教育上もよいことがたくさんあるし、支え合うこともできます。今は「家族」がおかしくなっています。ネットカフェ難民と言われる人たちと話をすると、「家族を捨てた」というのです。彼らの多くは失業していますが、深刻なのは失業よりも「失家族」なのです。自立する過程で「家族と離れて暮らしたい」と思うのは健全ですが、「捨てたい」というのは違います。こうした点からも、「個を大事にすると同時に、個と個のつながりも大事にする社会」を作りたいですね。家長制のよさを見直すのも、意味があると思います。以前は家長となる人が財産を継ぐ代わりに、親族でなにかあった際には面倒を見ることになっていました。職や住む所に困ったら、家長の所に頼ることができたのです。

現在の日本は新しい社会の仕組みを築く前の産みの苦しみなのだろうと思います。しかし少子高齢化時代を乗り切って、環境問題にも対応して、みんなが安心できる社会は必ず実現できると思います。そうしたら、そのひな型を作って海外にも参考にしてもらえるようにしたいですね。とくにアジアは家長制についても抵抗がないので、日本で創ったモデルは参考にしやすいと思います。

 私は108歳まで生きて玄孫の顔をみたいと思っているのですが、こうした社会構造の構築をここ10年で終わらせて、その後はアジアをひとつにするために学問の世界に戻りたいと考えています。アジアの哲学を研究して、その文化的共通性などを明らかにし、80歳の時にはアジアをひとつにできたらいいですね。できれば研究はイギリスでやりたい。アングロサクソンの中でアジア哲学を研究するのがいいのです。そうして、ハーバードで味わったあの幸せな瞬間をもう一度とり戻すのです。そのあとは壺を創りたいですね。台湾の故宮博物館で白磁の壺を見て、人工物でこれほど美しいものがあるのかと感動しました。使えるものの美しさですね。

 先日、学生さんと話をしていた際に「藤末さんは強いですね」と言われましたが、実際の私は特別に強いわけではありません。自分の強みと弱みを分かっていて、弱みを人に見せないだけです。私ひとりでは、ほんとうに情けないくらい弱い人間ですよ。特に、私にとって家族とのつながりはなによりも大切で、これを失ったら糸の切れた凧のように自分をコントロールできなくなるでしょう。今は土日もなく働いていますが、だからこそ外での会食はできる限りお断りして、家族そろって食事をとる時間を大切にしています。でも多くの人は自分が本当に大切なものがわかっていないし、わかっていてもそれを守ろうとしない人が多いのですね。妻とは結婚したばかりのころはケンカもしましたが、遺伝子が共鳴するというか、本当にわかり合える大切な存在です。今は与えられた使命を果たすため迷惑をかけてばかりですが、いずれはまた学問の世界に戻り、あの静かで幸せな時間を一緒に過ごしたいと考えています。

―― こうしてお話を伺っていると、日本が新しい社会構造を作り上げて希望を取り戻し、それを手本にしてアジアがひとつにまとまっていく姿が目に浮かぶような気がしますね。その原点が、人と人とのつながり、特に家族というものなのですね。本日は誠に有難うございました。

藤末:有難うございました